(※写真はイメージです/PIXTA)

老朽化を理由に「賃料12年分の立退料」を提示し立退きを求めたビルオーナー。しかし裁判所は「正当事由として認められない」と驚きの判断を下しました。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際にあった裁判例をもとに解説します。

「客観的な証拠に欠ける」とされた賃貸人の主張

3.建物の利用状況およびその現況について

 

「本件ビルのうち」、被告である賃借人「以外の部分は、すべての賃借人が賃貸人の明渡請求に応じたので、平成18年11月1日以降使用されることはないと認められる。

 

そして、賃貸人は、このような利用状況や、老朽化して多額の補修費用を要するだけでなく、耐震性にも劣るという本件ビルの現況に照らすと、建て替えの必要があると主張するものである。

 

ア:賃貸人が主張の根拠とする本件調査結果によれば、「要約」の項には、緊急を要する修繕更新事項として、外装につき住戸部外壁の漏水調査および修繕、スチールサッシュ更新等、内装につき内部建具の窓ガラスの交換、給排水配管更新に伴う内装工事等、

 

電気設備につき1階外部幹線ボックス補修、7階階段照明器具の補修等、衛生設備につき増圧給水方式への変更、衛生配管の更新等が列挙され、緊急を要する修繕更新費および今後12年間に必要と思われる修繕更新準備費用は概算で2億5740万円であると記載されている。

 

しかし、調査の方法は、設計図書の確認、現地での目視調査および施設管理者(東急コミュニティーの従業員)へのインタビューにとどまり、現地調査の時間も2時間半程度である。

 

また、具体的な調査の結果をみると、たとえば、

 

①地上構造につき、外観からの目視では躯体の詳細状況は確認することができず、特に問題となるような劣化はみられないが、竣工後45年が経過しているので詳細な診断を実施することを推奨する、

 

②外壁につき、ほとんどの住戸に外壁からとみられる漏水がある旨を管理者とのインタビューで確認している、

 

③スチールサッシュにつき、変退色、発錆がみられ、一部分には母材の欠損もみられるので、早期に更新が必要である、

 

④屋上につき、現状では漏水していない旨を管理者とのインタビューで確認しているが、屋上のシート防水は一部分に劣化がみられるので更新が望まれ、3階屋上のシート防水は全般に膨れがみられ、防水層の破断もあるので早急な更新が必要である、

 

⑤1階玄関ホール、各階エレベーターホール、廊下等につき、天井、壁色モルタル吹き付け、床コンクリート打ち放ちとも特に目立った劣化はみられないが、経年劣化により定期的な修繕が必要となる、

 

⑥電気設備につき、1階外部の幹線配管類等は老朽化が顕著で腐食や破損している部分もみられるので、早急に防錆措置を施されたい、

 

⑦給排水衛生設備につき、高架水槽は老朽化が進行しており、受水槽は地下コンクリート製で現行法基準に合致しておらず、衛生上も好ましくないため、3~5年をめどに更新されたい、また、未更新の配管類は老朽化傾向が顕著であり、1~3年をめどに二次診断を実施し、更新されたい、

 

⑧エレベーターにつき、老朽化が顕著であり、予防保全措置として、1~5年をめどに更新されたいといった記載がある程度であって、屋上や外壁の内部に及ぶひび割れ、剥離等が存在すること、コンクリートや鉄骨、鉄筋に劣化がみられることなど本件ビルに差し迫った危険性が生じていることを示す記載はない。

 

かえって、雨漏りや水道水の濁り、天井や壁のひび割れ等は生じておらず、賃借人が本件各建物を飲食店、ダイビングスクール等に使用する上での実際上の支障はないと認めることができる。

 

したがって、本件調査結果は、老朽化に関する賃貸人の主張を客観的に裏付けるものではないというべきである。

 

イ:また、耐震性についてみると、

 

①建物の耐震性を示す指標には、Is(構造耐震指標)、PML(予想最大損失率)等があること、

 

②Isは、建物の構造耐震性能を示す指標であり、Isが0.6以上であれば地震の震動および衝撃により倒壊又は崩壊する危険性が低いが、0.3未満の場合にはその危険性が高いとされること、

 

③PMLは、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際によく用いられる災害損失の指標であり、対象施設に対して50年間に10%を超える確率で予想される最大規模の地震が起き、予想される最大の損失が発生した場合における、被災前の状態に復旧するために必要な補修工事費が当該施設の再調達価格に対して占める割合をいうものであって、

 

地震による危険度は、PMLが0~10%で極めて低い(軽微な構造体の被害)、10~20%で低い(局部的な構造体の被害)、20~30%で中位(中破の可能性が高い)、30~60%で高い(大破の可能性が高い)、60%以上で非常に高い(倒壊の可能性が高い)とされること、

 

④昭和56年改正後の建築基準法の下での耐震性基準により設計された建物は、PMLが10~20程度であるのが一般的であるが、それ以前の建物は、20以上であることが多いこと、

 

⑤本件ビルは、昭和32年ころの設計であって、上記改正前の基準によるものであること、

 

⑥本件調査結果は、設計図書に基づき、本件ビルの耐震性能を簡易診断手法を用いて概略的に評価した上で、PMLを算定したものであること、

 

⑦本件調査結果による本件ビルのIsは、1階X方向(東西方向)が0.668(評価はA:耐震性に優れている。)、Y方向(南北方向)が0.355(評価はB:どちらともいえない。)、2階X方向が0.576(評価はB)、Y方向が0.301(評価はC:耐震性に疑問あり。)、3階X方向が0.542(評価はB)、Y方向が0.232(評価はC)であったこと(同86~93頁)、

 

⑧本件調査結果によれば、PMLの算定にはIsのうち最も劣る値(本件ビルの場合は3階Y方向の0.232)が用いられるとされており、これにより算定されたPMLは、90%信頼の値で、56.8%であり、本件ビルが中破以上の被害を受ける確率は80%であったことが認められる。

 

これによれば、本件ビルの耐震性は、昭和56年改正後の基準により設計された建物より劣るということはできる。

 

しかし、金融、保険等の業界で耐震性能を評価する際に用いられるPMLを借地借家法の下での正当事由の有無の判断に供することが適切であるかどうかはともかく、本件調査結果における上記PMLの算定は、設計図書に基づくものであり、

 

いわば机上の計算にとどまること、PMLの算定に当たり、耐震性に優れているとされる1階X方向のIs等を考慮せず、3階Y方向のIsのみを用いることの合理性について何ら立証されていないことに照らすと、本件調査結果により、本件ビルの耐震性に重大な欠陥があり、これを建て替える必要性があると認めることはできない。

 

ウ:したがって、老朽化や耐震性に問題があるので本件ビルを建て替える必要があるとの賃貸人の主張は、これを裏付けるに足りる客観的な証拠に欠けるものであって、直ちに採用することはできないというべきである。」

 

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※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

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