将棋の対局はインターネット中継により、ファンたちが手軽にみられる時代になった。しかしその一方、中継だけでは伝わらないこともある。カメラに映らない光景、対局室のマイクが拾わない言葉…。彼らが胸に秘める闘志や信念は「文章にしないと、後に残らない」。将棋界を10年以上取材してきた朝日新聞の村瀬信也記者が、勝負師たちの姿を追う。今回は、「羽生善治」。

50代の棋士としてどう戦うか

羽生にまとまった時間をもらって取材をするのは久しぶりだった。最近の過ごし方を問うと、他の棋士と同様、コロナ禍によって生活は様変わりしたという。全国各地で予定されていた様々なイベントが、軒並み中止に追い込まれたからだ。

 

「羽田空港に恐ろしいほど行かなくなりました。ファンの方々がどう過ごしているのか、全くわからなくなりました。早くイベントが再開できるようになって欲しいです」

 

一方で、将棋に対する取り組み方は大きく変わっていない。一時は対面形式の研究会や練習対局を控えていたが、最近は以前と同じように行っているという。プロ全体でAI研究の比重が高まる中、羽生もAIを活用はしているものの、局面ごとの評価値を細かく記憶することまではしていない。

 

「AIに何億手も読ませたとしても、その結果を自分の将棋に採り入れられるのかどうか。序盤も大事ですが、最終的には中終盤のねじり合いでどう戦うかが大事。その精度を上げていかなければと考えています」。新しい感覚を吸収しつつ、いかに自分の力を発揮するか。模索は続く。

 

取材日は、羽生が51歳の誕生日を迎えた直後だった。勝負の世界で50歳を超えてからも現役でいられる世界は多くない。「他の世界で意識する人はいますか」という問いに挙がったのが、3歳上の白石康次郎(しらいしこうじろう)の名前だった。2021年2月、単独無寄港・無補給が条件の「最も過酷」と言われるヨットレース「ヴァンデ・グローブ」で完走を果たした海洋冒険家だ。

 

白石は前年の11月、フランスを出発した。だが、出港の6日後、嵐で帆が破れるアクシデントに見舞われる。リタイアしてもおかしくないほどのピンチだったが、接着剤で帆を修復して戦線に復帰した。レース期間中、ネットを通じて伝えられる本人の状況を羽生は気にかけていたという。

 

「帆が破れたら、私なら心が折れると思います。一つ一つのことに一喜一憂せず、自然と対峙している姿に勇気づけられました」

 

考えてみれば、将棋の対局、そして棋士として戦い続けることは、ヨットのレースと似ているのかもしれない。傍からは窮地に追い込まれているように見えても、ギブアップしない限り可能性は残されている。立て直せるかどうかは本人次第なのだ。

 

羽生に「50代の棋士としてどう戦うか」を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

 

「藤井さんのように若い人が出てきて活躍することは、これまでにもありました。自分がこれからどんなパフォーマンスをできるか。1年1年が大きな挑戦だと思っています」

 

羽生が乗る船は、目的地に向かって着実に進んでいる。ゴールするまでどれぐらいかかるのか、その行き先に何が待ち受けているのか。それは、まだ誰にもわからない。

 

 

村瀬 信也

朝日新聞 記者

 

 

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本記事は『将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学』(幻冬舎)を抜粋・再編集したものです。

将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

将棋記者が迫る 棋士の勝負哲学

村瀬 信也

幻冬舎

藤井聡太、渡辺明、豊島将之、羽生善治…… トップ棋士21名の知られざる真の姿を徹底取材!! 史上最年少で四冠となった藤井聡太をはじめとする棋士たちは、なぜ命を削りながらもなお戦い続けるのか――。 「幻冬舎plus」…

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