(写真はイメージです/PIXTA)

多くの専門家が楽観視していたなか、突然のロシアによるウクライナの侵攻が現実のものになりました。本記事ではニッセイ基礎研究所の伊藤さゆり氏がロシアによるウクライナ侵攻が予測できなかった理由を解説します。※本記事は、ニッセイ基礎研究所のレポートを転載したものです。

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    大規模軍事侵攻までは「弱腰」で足並みに乱れが見られたEU

    プーチン大統領にとって、最大の読み違えは、ロシアにエネルギーを依存するEUは、英米と強力な経済制裁で足並みを揃えられないという読みだ。

     

    大規模軍事侵攻前の段階で、米国は軍事行動の選択肢を早くから排除する一方、経済制裁には抑止の手段として「前のめり」だったが、欧州、特にドイツ、フランスなど大陸主要国は「弱腰」に見え、「欧米の足並みの乱れがロシアに付け入る隙を与える」という評価は日本のメディアでも定番だったように思う。特に批判を浴びたのが22年に脱原発を実現し、ガスの40%をロシアに依存するドイツであり、「信頼できる同盟国ではない」*18とまで言われた。

     

    しかし、独仏が米英よりも「弱腰」に映ったのは、マクロン大統領やショルツ首相が相次いでロシアを訪問したことが象徴するように、対話による抑止への期待がより高く、武力衝突を極力回避したいという姿勢から来たものと理解している。

     

    エネルギーのロシアへの依存についても、相互の依存関係が高まれば、それだけ武力衝突等によるコストも高くなり、安全保障上の利益は高まるという「期待」が底流にあった。他方では、近年、中国が経済的な依存関係を自国の国益を促進あるいは擁護する武器として利用するようになり*19、「経済安全保障」の重要性が認識されるようにもなっている。

     

    EUが、欧州グリーン・ディールの旗印の下で進める脱炭素化戦略も、輸入に頼る化石燃料依存を減らし、再生可能エネルギー依存を高めることによるエネルギー安全保障の狙いがあった。EUは、全体での再生可能エネルギー比率(最終エネルギー消費ベース)を2020年時点で22%から2030年には従来の目標の32%から40%まで引き上げる方針を打ち出している。エネルギー移行が進めば、欧州のロシアのガスへの依存度は低下する。

     

    プーチン大統領は、様々な要因からエネルギー価格が高騰し、欧州でガス需要が高まっている今が、ロシア最大の切り札であるガスを、勢力圏拡大という野心を実現するカードとして活用する上で最も効果的なタイミングだと判断した可能性はあろう。

     

    18:「【寄稿】ドイツは信頼できる米同盟国ではない」(ウォールストリートジャーナル2022 年1月24日)

    19:プーチン大統領の願望はソビエト連邦の再建と旧ソ連崩壊後にできた欧州の安全保障秩序の転覆とする見方として、「対強権主義、ウクライナ危機は「歴史の新局面」ウクライナ危機を聞く 米政治学者 フランシス・フクヤマ氏」日経電子版2022年3月1日

    安全保障体制への重大な挑戦を受けたドイツとEUの大幅な方針の転換

    プーチン大統領が、安価なガスの安定供給のために、欧州は強い制裁に動けないと見切っていたとすれば大きな誤算だった。

     

    最も弱腰とされたドイツのショルツ首相は、大規模侵攻前は明言しなかったロシアとドイツを結ぶ新しいガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」の稼働手続きの停止を即座に決断、ウクライナへの武器供与に関してもヘルメットの供与で批判を浴びた姿勢を一変させ、携帯型対空ミサイル「スティンガー」500発と対戦車火器1000発の供与を決めた。これまで遅々とした進展だったNATOの2024年目標である軍事費のGDP比2%への引き上げも即時実施し、今後も水準を維持することを決めた。ロシアがレッドライン(越えてはならない一線)を越えた後のドイツのギア・チェンジは鮮やかだった*20。 

     

    分裂気味だったEUが、ウクライナ支援の方針で結束力を高めたことも、プーチン大統領の予想を超えただろう。

     

    20:「強硬路線に転じたドイツ、「決済網排除」を決断」(日経電子版22年2月27日)

    戦時下で強まる欧州の結束

    強力な金融制裁は、相互の結びつきが強い場合、課される側にとっての影響が大きいが、課す側への副作用、あるいは報復の影響も大きい。EUの側にも、ガス調達に支障が生じるおそれはあるし、エネルギー価格の高騰によって、すでに5%台に達しているインフレ率がさらに上昇する可能性もある。金融システムには、ロシア向けの債権の不良化、損失計上という問題も生じるだろう。

     

    しかし、欧州は今や「戦時下」にある。2月時点の世論調査では、ウクライナ支援のためのリスク許容度は隣接する国では高いが、独仏では低いという傾向が見られた。しかし、あらゆる点で正当化できないウクライナへの大規模侵攻を実行に移すとともに、欧州の安全保障体制に挑戦し、核兵器の使用やNATO未加盟のEU加盟国への攻撃をほのめかす「プーチン大統領の戦争」に歯止めをかけるために、制裁措置の副作用は広く許容されるように思う。海を隔てた米国や、日本とはかなり事情が異なる。

     

    平時には足並みの乱れが目立ったNATOの重要性が再認識され、EUとして制裁措置に動き、積極的にウクライナからの避難民の受け入れに動くなど、連帯と結束は強まっている。

     

    西側の結束力や、国内外の反応を読み違えて独善的に行動したプーチン大統領が重い代償を払い、ウクライナの主権が尊重されるよう世界も動かなければならない。

     

    伊藤 さゆり

    ニッセイ基礎研究所

    ※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
    ※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2022年3月2日に公開したレポートを転載したものです。

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