安泰の老後を過ごすには、いくら必要なのでしょうか。平均寿命が伸び、少子高齢化が進展するかたわら、老後生活費のベースとなる「年金」は減少の一途を辿ります。いま現役で働いている人々は、将来どれだけの年金を受給できるのでしょうか? “年収300万円時代”の到来をいち早く予測した経済アナリスト・森永卓郎氏が解説します。

将来もらえる年金受給額はいくら?

■あまりにも非現実的…政府が「年金は大丈夫」と主張する根拠

公的年金に関しては、5年に一度、「財政検証」が行われている。その時点の人口動向や経済動向を踏まえて、将来どれくらいの年金保険料が入ってきて、どれだけの給付ができるのかを再計算するのだ。直近の財政検証は、2019年に行われた。そこで示された標準ケース(人口中位、経済成長と労働市場への参加が進むケース)で見込まれた将来の年金給付額が図表2だ。

 

※出所:厚生労働省「2019(令和元)年財政検証結果レポート」
[図表2]モデル世帯の年金月額給付見通し ※出所:厚生労働省「2019(令和元)年財政検証結果レポート」

 

この推計によると、年金受給額は減らない。しかも、ここに書かれている金額は、物価上昇率を調整した実質値だ。41年後の年金給付はいまの1.5倍になるという、まさにバラ色の未来が描かれているのだ。

 

もちろん、こんなことは絶対に起こらない。実は、この財政検証の推計には、現実を無視したいくつもの強い仮定がおかれているのだ。

 

第一は、これはモデル年金だということだ。モデル年金というのは、厚生年金の保険料を40年間、完璧(かんぺき)に納め続けた人のケースだ。現実にはそうした人はあまりいないから、平均の年金受給額は、ここから1割ほど下がる。

 

第二は、実質賃金の上昇率を1.6%と見込んでいることだ。ここのところ日本の実質賃金はずっと下がり続けている(図表3)。

 

[図表3]実質賃金の推移

 

例えば、2020年の実質賃金は前年比マイナス1.2%だった。2010年から2020年の10年間では年率でマイナス0.7%だ。2000年から2020年の20年間でも年率でマイナス0.7%となっている。1990年から2020年の30年間では、年率マイナス0.4%だ。つまり、どんなにひいき目に見ても、今後の実質賃金は横ばいがよいところなのだ。財政検証で41年後の年金給付が1.5倍になっているのは、この実質賃金の設定の影響が大きい。毎年1.6%ずつ、41年間賃金が上がり続けたら、賃金が1.9倍になる。賃金が1.9倍になれば年金保険料も1.9倍になるから、その分、年金給付も増やせるという仕掛けなのだ。

 

第三は、高齢者がどんどん働くようになるという仮定だ。高齢者が働いてくれれば、彼らは年金の受け取り手ではなく、保険料の払い手になる。つまり年金財政にとって、高齢者が働くことは、一石二鳥の効果になるのだ。

 

財政検証が標準ケースとしている「労働市場への参加が進むケース」というのは、高齢者の労働力率(人口に占める労働力人口の割合)が急速に上がることを前提としている(図表4)。

 

※出所:独立行政法人労働政策研究.研修機構「労働力需給の推計」(2019年3月)。
[図表4]労働力率の将来推計 ※出所:独立行政法人労働政策研究.研修機構「労働力需給の推計」(2019年3月)。

 

例えば、男性の労働力率は2040年時点で、65〜69歳で72%、70〜74歳で49%という想定になっている。一方、女性の労働力率は、2040年時点で、65〜69歳で54%、70〜74歳で33%という想定になっている。つまり、男性は7割以上が70歳まで働き、半数が75歳まで働き続ける。女性は過半数が70歳まで働き、3分の1が75歳まで働き続けるという想定だ。

 

そうでもしないと、いまの財政検証が示した年金は、給付が不可能になるのだ。ただ、いま日本人男性の健康寿命は72歳だ。それを超えて75歳まで半数の人が働き続けるという社会を実現するのは、どう考えても不可能だろう。介護施設から通勤する人が増えるという、ブラックジョークのような状況を厚生労働省は想定しているのだ。

 

第四は年金積立金の運用利回りだ。公的年金には、まだ高齢化がさほど進行していなかった時代の遺産として積立金がある。2021年3月現在で、その残高は192兆円となっている。この資金は年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用しているが、運用先は外国株式、国内株式、外国債券、国内債券が、それぞれほぼ4分の1ずつになっている。財政検証では、この資金の運用利回りを名目で5%、物価を差し引いた実質で3%と想定している。

 

しかし、そんな高利回りを達成するのは、不可能に近い。国内債券の利回りは、ほぼゼロだし、米国債の利回りも2%台だ。実際、GPIFが発足した2001年度以降の累積の年率の収益率は3.7%と、財政検証が想定する5%に届いていない。しかも、これは最近の株高に支えられた利回りで、私は長期的には、運用利回りが、もっと低くなるのは確実だと考えている。

 

例えば、日経平均株価の2010年から2020年にかけての10年間の年平均利回りは、8.1%(株価は年初のデータ)と比較的高くなっている。最近の株高のおかげだ。ところが2000年から2020年にかけての20年間の年平均利回りは、1.0%と大幅に下がり、1990年から2020年にかけての30年間の年平均利回りは、マイナス1.7%と、利回りがマイナスになっているのだ。

 

私は、いまの株価は、海外も含めてバブルだと考えている。バブルがいつ崩壊するかを正確に予測することはできないが、バブルは必ず崩壊する。だから、年金積立金の運用益に期待してはいけないのだ。

次ページ31年後の年金額は夫婦2人で「月13万円」程度

※本連載は、森永卓郎氏の著書『長生き地獄 資産尽き、狂ったマネープランへの処方箋』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、再編集したものです。

長生き地獄 資産尽き、狂ったマネープランへの処方箋

長生き地獄 資産尽き、狂ったマネープランへの処方箋

森永 卓郎

KADOKAWA

夫婦2人の公的年金「月額13万円」時代がやってくる――長生き地獄を避けるには? 高齢者の生活を支えてきた公的年金が、今後ずるずると減り続けていく。今から30年後には平均的サラリーマン世帯だった夫婦2人の年金が、月額…

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