お客様への声のかけ方も、電話の受け答えも、商品の陳列も、袋詰めも、何も決まりがありません。自分がやってもらったら嬉しいことをお客様にもするという文化があるだけです。なぜ料理道具専門店の飯田屋には接客マニュアルがないのでしょうか。飯田屋店主が著書『浅草かっぱ橋商店街 リアル店舗の奇蹟』(プレジデント社)でその理由を明かします。

「飯田屋は修理の最後の砦ですから」

■“最後の砦”としてのプライド

 

「人を喜ばせることに金額は関係ありません」

 

こう言いきる藪本達也は、とことんお客様のために尽くせる人です。

 

お客様の困りごとが大きかろうが小さかろうが、売上になろうが売上になるまいが関係ありません。「困りごとをどうにか解決してあげたい」という一心で接客をしています。

 

あるとき、外国人のお客様がいらっしゃいました。日本在住のその方はこれから日本で飲食店を展開する計画で、そのための大型調理機械を探しているとのことでした。

 

飯田屋では、調理機械は残念ながら取り扱っていません。そこで藪本は、探している機械、予算などをうかがい、要望に沿えそうな他店を丁寧に紹介しました。

 

それ以来、そのお客様はたびたび藪本を訪ねてご来店くださるようになりました。新しいビジネスを展開するときなども、報告や相談に訪ねてきてくれます。どうやら、藪本が彼に情報を提供したように、彼も藪本に何か情報を提供したいという気持ちがあるようです。

 

藪本は「料理道具以外の情報を知ることができて嬉しいですが、何よりも自分を信頼して会いにきてくれるのが嬉しい」と言います。初来店から7年以上経っても変わらない関係が続いているのは、藪本の人柄がなせるわざでしょう。

 

そんな藪本は、修理などもよくお客様から承っています。

 

たとえば、鍋ぶたのつまみや焼きごての持ち柄など、道具の部品を交換したいという相談を受けます。有名なブランド品であればメーカーが修理を受け付けてくれることもありますが、ノーブランド商品だと修理を断られたり、修理工場が見つからないときも多々あります。

 

修理は利益にならない上、手間がかかるからです。壊れてしまったら、新しいものを買ってほしいというのも店側の本音でしょう。

 

とはいっても、修理を依頼してくるお客様には、その道具への思い入れが強い人が多いのも事実です。親から受け継いだものであったり、長年使ってきた愛着のあるものであったり、さまざまな思いが込められているのです。修理の完成を喜んだお客様が、わざわざ上司を連れてお礼の挨拶に来てくださったこともありました。

 

藪本は「うちで断ったら、どこに行っても修理してもらえないかもしれません」と言います。「飯田屋は修理の最後の砦ですから」と、なんとかしてあげたくなるそうです。

 

しかし、どれだけカタログを探しても、ぴったり合うものが見つからないことが多々あります。そこで近隣の町工場を訪ねて、なんとか修理してくれるところを探します。

 

手間のかかる作業なので断られる場合が多いのですが、藪本の熱意に押されてか、受けてくれる職人さんが見つかることもあります。こうした職人さんとの出会いにより、ますます修理の依頼に対応できるようになりました。

 

道具には使う人の魂が宿ります。修理してでも使いたいという気持ちに応えることも、料理道具を取り扱う「喜ばせ業」の大切な仕事の一つだと、藪本は教えてくれました。

 

飯田 結太
飯田屋 6代目店主

 

 

※本連載は飯田結太氏の著書『浅草かっぱ橋商店街 リアル店舗の奇蹟』(プレジデント社)を抜粋し、再編集したものです。

浅草かっぱ橋商店街 リアル店舗の奇蹟

浅草かっぱ橋商店街 リアル店舗の奇蹟

飯田 結太

プレジデント社

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