(写真はイメージです/PIXTA)

今年の10月、後期高齢者の医療負担に関する制度が改定され、所得によって負担割合が変化します。この制度改正はなぜ施行されるに至ったのでしょうか。本記事では、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏が、高齢者の医療負担について過去の制度を紐解きながら解説します。 ※本記事は、ニッセイ基礎研究所の医療保険制度に関するレポートを転載したものです。

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    40年前の老人保健法の制定

    老人保健法では、無料化だった高齢者の患者負担について、医療機関ごとに外来は毎月400円、入院の場合は1日300円ずつ2カ月間支払う定額制が採用され、老人医療費無料化の軌道修正が事実上、始まりました。その背景としては、高度成長の終焉に伴って財政危機が進行したことで、医療費を抑制したいという思惑がありました。

     

    実際、当時の厚生省幹部が書いた解説書では、「医療費に限らず物が『ただ』であればどうしても無駄遣いをし、資源の濫費、権利の濫用を招きやすい」「医療費が全くただで従来の制度を維持できるかどうかについてはできると言い切れる人は少ないであろう」と指摘されています。

     

    しかし、それだけでは「福祉後退」という批判を受けるリスクがあったため、老人保健制度では、40歳以上の健診制度を導入するなど、健康づくりも意識する仕組みも採用されました。当時の厚生省幹部は「新しい制度の最大の目的は老後の健康のための若い時から総合的な保健対策の推進にする、そのうえで病気になったときは適切な医療を行い、医療費は国民全体で公平に負担する制度にしようと思った」と回顧しています。

     

    つまり、単なる負担増に法律にするのではなく、「高齢社会を豊かにするため、国民を健康にするための制度」という絵を描くことで、国民の不満を解消しようしたわけです。国会審議でも急激な負担増を嫌がる自民党の主張を受け入れる形で、法案の修正が図られましたし、ここでは詳しく触れませんが、老人保健法が成立するまで6~7年の歳月を要しました。それだけ老人医療費無料化の軌道修正には多大なエネルギーを要したと言えます。

    その後の経緯

    1.2000年改革で1割負担増入

     

    その後、バブル経済の崩壊で財政状況が悪化すると、高齢者の患者負担増が本格的に模索されるようになります。例えば、1997年度に実施された医療保険制度改革では、受診ごとに500円徴収という定額負担とか、薬剤費の別途負担(高齢者に関する薬剤費の別途負担は1999年度に廃止)が導入されました。さらに、2000年度の医療保険制度改革では、診療報酬の引き上げと引き換えに、高齢者の患者負担が1割に引き上げられ、現在までに至る定率負担が定着します。

     

    2.小泉政権期の制度改革と、その後の微修正

     

    75歳以上の高齢者が後期高齢者医療制度に移行する現在の仕組みは小泉純一郎政権期に確立し、2008年度から施行されました。具体的には、2006年の通常国会における関係法成立を踏まえ、65~74歳の前期高齢者と75歳以上の後期高齢者に分ける制度となり、前者では高齢化率の差に着目した仕組み、後者では市町村で構成する都道府県単位の広域連合が医療費を管理する後期高齢者医療制度が2008年度に創設されました。

     

    その際、75歳以上の後期高齢者については原則1割、現役並み所得を持つ人は3割負担が導入されたほか、70歳以上74歳未満の人については、2008年度から2割負担とする方針が決まりました。当時は郵政民営化を巡る総選挙(郵政解散)で自民党が大勝を収めたため、その余勢を駆って思い切った内容の制度改正が決まりました。

     

    ただ、「後期」という名称が悪いとか、保険料が基礎年金天引きから天引きされる点など、後期高齢者医療制度に対する批判が強まった上、2007年7月の参院選で自民党が大敗を喫したことで、同年8月に発足した福田康夫政権は70歳以上74歳未満の患者負担を2割に引き上げる方針の凍結を決めました。結局、この軽減措置は民主党への政権交代を挟み、安倍政権期に見直され、2014年4月以降に段階的に2割に引き上げられました。

    おわりに~負担と給付の見直し論議を~

    以上のような経緯を踏まえると、様々な経緯と攻防を経て、現在の仕組みが形成されている点に加えて、50年前の国会で成立した老人医療費無料化の軌道修正が積み重ねられている様子を確認できます。それだけ日本の財政事情が悪化し、「ない袖は振れない」という状態になっていることは間違いありません。新型コロナウイルス対応で国家財政が一層、悪化していることを踏まえると、多かれ少なかれ、所得の高い高齢者を中心に負担を増やしていく流れは恐らく今後も避けられないと思われます。筆者自身としても、患者負担に関して、年齢だけで区切る制度は合理的とは言えないと考えています。

     

    一方、今回の2割負担に代表される通り、反発が少ない高所得者の負担を増やす流れが強まっており、同じような応能負担を強化する流れは介護保険の自己負担強化、あるいは後期高齢者医療制度の総報酬割導入にも通じます。つまり、現在は「取れるところから取る」という議論が続いていることになります。もちろん、現在の財政状況を踏まえると、止むを得ない事情がある反面、「取れるところから取る」という議論だけでは国民の納得は得られにくく、負担と給付の将来像を描く必要もあると考えています。

     

    しかし、史上最長を誇った安倍政権を含めて、現在の社会保障制度改革の議論は「幼児教育・保育の無償化」「デジタル化」「不妊治療」「看護職員の給与引き上げ」など、各論に終始しており、負担と給付の在り方は長らく議論の俎上に上っていません。社会保障制度の議論は往々にして「給付は手厚く、負担は軽く」という議論に傾きがちですが、負担と給付をどうバランスさせるのか、その選択肢を国民に提示することが政治サイドに求められると思います。

     

     

    三原 岳

    ニッセイ基礎研究所

     

     

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    本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
    ※本記事は、ニッセイ基礎研究所が2022年1月12日に公開したレポートを転載したものです。

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