(※写真はイメージです/PIXTA)

後継者がいないために事業を存続できない…日本には今、こうした「廃業するにはもったいない会社」が数多く存在します。一般的な事業承継といえば、「親族内承継」や「社内承継」、「第三者へのM&A」の3つ。しかし、少子高齢化や株式譲渡などのハードルから、いずれも選択できずに結局廃業を選ぶ会社も少なくありません。自らも資金面の問題から一般的な手法では会社を継ぐことができなかったという宮部康弘氏が、日本の事業承継問題の実態を解説します。

②自社株評価が高く、後継者に資金力が必要

後継者としての資質はあっても、「自社株を買い取る資金力」がなくて断念

日本で現在行われている一般的な事業承継の方法は、後継者に自社株の全部もしくは大半を持たせて、筆頭株主にするというものです。親から子への親族内承継でも、他人に継がせる第三者承継でも、後継者が自社株の大半を持つことになります。発行済株式の過半数を持っていないと、多数決の原理で後継者の決裁が通らなくなるためです。

 

この場合、自社株を買い取る(親族内では相続・贈与になるので相続税・贈与税の負担)だけの資金力が後継者には求められます。

 

自社の株価がどれくらいになるかは顧問税理士に算出してもらうと良いですが、業歴の長い会社ほど内部留保が多くなっていることが多く、1株が100万円以上になることも珍しくありません。発行済み株式数が100株としても1億円です。

 

さらに自社株以外にも不動産や機械などの事業用資産を買い取らないと事業を行っていけません。場合によっては2億3億のお金が必要になります。

 

これだけの金額を後継者が調達できるかが高いハードルとなっています。

 

中小企業庁の「中小会社を巡る状況と事業承継に係る課題について」という調査でも、事業承継において心配な点として「後継者の資金面での負担」を挙げているオーナーが多くいます。

 

後継者としての資質があっても、資金力の問題から事業承継を諦めてしまう事例が実際に起きているのです。

③社長に引退への意欲がない

「会社に対する愛着」から引退を先延ばしにするオーナー社長

オーナー会社の社長には会社への愛着があります。人生の大半を捧げて会社を大きくするというのは、自分の城を築くようなものです。大切に守り育ててきた分、手放したくないという気持ちが大きくなるのも当然です。

 

仕事が好きな人が多いです。「経営は大変だけれど、現場の仕事が好きでなかなか第一線を退けない」「できれば生涯現役を貫きたい」という声をよく聞きます。

 

仕事人間でずっと来たので引退した後の生活に不安がある、という人も多くいます。読者の中にも「仕事以外に趣味もなく、何をしたらいいのか分からない」とか「仕事をしないとボケてしまうのではないか」といった思いを抱いている人がいると思います。

 

「積極的にやめるきっかけがない」というのがあります。社長には定年がないので、本人のやる気と元気があれば生涯現役も可能です。そのため、病気など体力に不安が出てから事業承継を本気で考える人が多いのです。

 

社長業をやめると人生が大きく変わることになるため、その一歩を踏み出すエネルギーが必要です。会社への未練を断って、「よし、これでやめるぞ」と思い切るのは大変なことです。

 

事業承継をしようと思うと、様々なハードルを越えなくてはならず、更に大仕事になります。だから「いっそのこと自分の代で終わりにしよう」と廃業を選んでしまうのかもしれません。「どうせ後継者もいないし、自分の会社だから自分の好きにしてもいいだろう」と考えるオーナーもいるようです。

社長が憧れる「生涯現役」は危険な合言葉

中小企業のオーナーにとって「生涯現役」というのは一つの憧れだと思いますが、事業承継の観点から言うと非常に危険な考え方です。後継者がいての生涯現役はいいとして、後継者不在の状態での生涯現役は、バックアップのないパソコンと同じです。何の準備もないまま病気で倒れでもしたら、それこそ会社や従業員を放り出すことになってしまいます。

 

会社の連帯保証のこともあります。会社の借入金3000万円の連帯保証人になっているオーナーが万が一、亡くなってしまった場合、その3000万円はどうなると思いますか?

 

後継者がいてオーナーの死去後に会社を継いでくれれば、事業を続けていけるので返済していけますが、後継者がおらず廃業になってしまうと、法定相続人である配偶者や子がそれぞれの相続分に応じて返済義務を負うことになります。

 

返済ができなければ相続放棄の可能性も出てきます。相続放棄は故人(被相続人)の一切の財産を放棄することなので、自宅が被相続人の名義だった場合それも手放すことになります。配偶者は亡くなるし、会社もなくなるし、自宅もなくなるのでは、立ち直れそうにありません。

 

そう考えると、家族にとっても生涯現役は迷惑になります。

 

一般に後継者を育てるには最短でも3年かかると言われています。社内外の人間関係作りなど丁寧にしようとすると、5年10年かかることもあります。病気などで経営が続けられない状態になってから事業承継を始めたのでは遅いのですが、実際には体力的な不安が出るまで頑張ってしまうオーナーが目立ちます。

 

先日ある本で脳科学の興味深い話を読んだのですが、人間の脳は高齢者になるとポジティブ志向になるそうです。自分が年老いるにつれ、できないことが増えていくのを直視するのは辛いので、今できていることに目を向け、「自分はまだまだいける」との自己評価をして安心するのだとか。

 

その本には「70歳80歳になると、自分にとって都合のいいものや過去の良かった経験だけを選択して見るような脳の形になっていく」と書いてありました。

 

たとえば、高齢者の自動車運転事故が増えていますが本人は自信を持って運転しています。周りの家族が免許返納を言っても、「今できていることを手放したくない」という無意識の心理が働き、「運転の腕は落ちていない。まだ大丈夫」というポジティブな判断をしてしまうのだそうです。

 

高齢者の皆さんにとっては耳の痛い話ですが、経営においても同じことが言えるのではないかと私は思います。

 

先日、LEADERSプロジェクトのパートナー企業に登録してくれた社長の話を紹介します。

 

この社長も実子の中に後継者になれる人材がおらず、甥っ子さんを入社させて期待していました。

 

特殊な鈑金加工をする会社で、社員には職人が多く、自分より技術的に劣る相手は尊敬しない気風があります。甥っ子さんに対しても同様で、「仕事のできんやつは丁稚だ」くらいの感覚で、甥っ子さんの言うことを全然聞きませんでした。それで甥っ子さんは臍を曲げて会社を出て行ってしまったそうです。

 

社長は親族内承継は無理だと諦めて、社内承継を検討しました。現場仕事もできて営業もできる社員がいるので、彼を後継者に据えようかとも考えたのですが、お金に汚いところがあり、「社長の器ではない」と判断されたとのことです。

 

私が「M&Aは検討されなかったのですか」と聞くと、「業界での立場もあり身売りなどできない」とのお答えでした。

 

第4の事業承継(=筆者が実践した経営権だけを承継する手法)の話をすると、「誰が来ても職人を認めさせるのは難しいかもな」「今の売上の半分は俺の信用で成り立っているから、それを引き継げるだろうか」と言いつつ興味を持ってもらえました。

 

その社長と話してみて感じたのは、まだ社長業に未練があるということです。その気持ちがある限り、事業承継はどこか現実味のない話であり、本格的に後継者探しもできません。

 

これから少しずつ気持ちの切り替えや後継者のマッチングなど事業承継に向けての準備をしていく予定です。

 

 

宮部 康弘

株式会社南星 代表取締役社長

 

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※本連載は、宮部康弘氏の著書『オーナー社長の最強引退術』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

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