(※写真はイメージです/PIXTA)

契約時に「通常使用により生じた損耗や経年劣化についても原状回復義務を負う」と定めていた場合、この特約は有効なのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際の裁判例をもとに解説します。※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

判例…「情報提供が乏しく賃借人に一方的に不利益」

【参考判例:大阪高等裁判所平成16年12月17日判決】

本件原状回復特約は、自然損耗等についての賃借人の原状回復義務を約し、賃借人がこの義務を履行しないときは賃借人の費用負担で賃貸人が原状回復できるとしているのであるから、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重していることは明らかである。

 

イ 前記のとおり、本件原状回復特約により自然損耗等についての原状回復費用を賃借人に負担させることは、賃借人の二重の負担の問題が生じ、賃貸人に不当な利得を生じさせる一方、賃借人には不利益であり、信義則にも反する。

 

そして、本件原状回復特約を含む原状回復を定める条項は、退去時、住宅若しくは付属設備に模様替えその他の変更がある場合、賃貸人の検査の結果、畳、障子、襖、内壁その他の設備を修理・取り替え若しくは清掃の必要があると認めて賃借人に通知した場合には、自然損耗も含み、本件建物を賃貸開始当時の原状に回復しなければならないとされており(第一九条)、

 

賃貸人が一方的に必要があると認めて賃借人に通知した場合には当然に原状回復義務が発生する態様となっているのに対し、賃借人に関与の余地がなく、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

 

また、居住目的の建物賃貸借契約において、消費者賃借人と事業者賃貸人との間では情報力や交渉力に差があるのが通常であり、本件において、賃貸借契約書(甲一)調印の際に交付された原状回復等に関するご連絡という文書(乙一)の内容は、別紙のとおりであるところ、

 

これによれば、原状回復すべき内容を冷暖房、乾燥機、給油機等の点検、畳表替え、ふすま張り替えなどと具体的に掲げ、賃貸人が原状回復した場合の賃借人の費用負担額の基礎となる費用単価を明示し、さらに、敷金と原状回復費用とを差引計算して返還するものであるところ、敷金を返還できるケースが少なく、逆に多額となる場合もあることが指摘されているが、

 

本件原状回復契約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意及び賃料に原状回復費用を含まないとの合意に関し、五万五〇〇〇円という賃料額が従前の賃借人の負担した自然損耗等についての原状回復費用を含めたものか否か(控除したか否か)とか、これを含めたもの(控除しないもの)とすると考えられる本件の場合、

 

事後的に退去時に発生する原状回復費用をどのように賃料に含ませない(控除する)こととするのか、原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか、とりわけ、自然損耗等についての原状回復の内容をどのように想定し、費用をどのように見積もったのか等については、賃借人に適切な情報が提供されたとはいえない。

 

したがって、賃借人は、敷金額二〇万円、賃料五万五〇〇〇円という各金額を前提に、本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務を負担することと賃料に原状回復費用を含まないこととの有利、不利を判断し得る情報を欠き、適否を決することができない。

 

このような状況でされた本件原状回復特約による自然損耗等についての原状回復義務負担の合意は、賃借人に必要な情報が与えられず、自己に不利益であることが認識できないままされたものであって、賃借人に一方的に不利益であり、信義則にも反する。

 

したがって、本件原状回復特約は信義則に反して賃借人の利益を一方的に害するといえる。

 

控訴人は本件原状回復特約が合理性を有して公平である旨を種々主張するが、自己が自然損耗等についての原状回復費用を出捐しないまま、自然損耗等についての原状回復費用に相当する分の二重負担という態様で賃借人に原状回復義務を負わせ、賃借人の損失の下に実現する合理性、公平性であって、同主張は、信義則に反し、正当なものといえない。

 

ウ よって、本件原状回復特約、即ち、自然損耗等についての原状回復義務を賃借人が負担するとの合意部分は、民法の任意規定の適用による場合に比し、賃借人の義務を加重し、信義則に反して賃借人の利益を一方的に害しており、消費者契約法一〇条に該当し、無効である。

 

※この記事は2020年7月9日時点の情報に基づいて書かれています(2021年12月15日再監修)。

 

 

北村 亮典

弁護士

こすぎ法律事務所

 

 

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