(※写真はイメージです/PIXTA)

2020年の夏には米議会下院ではGAFAと呼ばれる巨大IT企業の経営トップが証言する公聴会を開いた。独占禁止法違反でアマゾン包囲網が着々と進んでいるようにみえたが、あえなく崩壊した。その理由は。※本連載は、ダグ・スティーブンス氏の著書『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

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    コロナ禍がアマゾンの拡大を加速させた

    このとおり、苦言と生ぬるい警告が続くだけの公聴会は、期待はずれの結果に終わった。この状況に何か手が打たれるにしても、どういう措置が講じられるのか定かでないが、アマゾンなり、他の怪物企業なりが政府の規制で大幅に事業を制限される日が来ると思っている人がいるなら、もうしばらく時間がかかると考えたほうがよさそうだ。

     

    パンデミック前の世界では、企業の独占に反感を持つ社会の空気が醸成されていて、規制当局の調査も活発だった。だが、パンデミックになってからは、アマゾンなどの企業が、消費者にとっても出店業者にとっても、回り回って各国の経済にとっても、なくてはならない頼みの綱となった。

     

    通常、政治家が批判するのは、有権者の顔色をうかがいながらのパフォーマンス的性格が強いことを考えると、少なくともパンデミックが収束するまで、巨大テクノロジー企業は腫れ物にさわるように扱われるはずだ。今後、ますます不可欠の存在になるだろう。今、どの国の政府も、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした混乱の最中にあり、他にもっと大切な仕事がある。

     

    しかも、政治家が下心を持ってアマゾンを見れば、そんなに悪者に見えない可能性もある。

     

    アイルランドでは、同社がAWSのクラウドコンピューティング事業に首都ダブリンで1万6000平方メートル弱の用地を確保し、2年間で5000人を雇用する計画を明らかにした。カナダでは、現地事業に新たに5000人の雇用計画を発表している。イギリスでは、同様の計画で1万5000人の新規雇用が明らかになった。この手の話はまだまだ続く。

     

    エンターテインメント業界専門紙『バラエティ』の2020年7月号によると、アマゾンは同年3月以降、新規に17万5000人の雇用を生み出し、このうち12万5000人を正社員に転換するという。その背景には、ユナイテッド航空からメイシーズ百貨店までさまざまな企業が大規模な人員削減に踏み切り、数千万人の失業者が出ている現実がある。

     

    欧米諸国の政治家にしてみれば、強力な雇用創出マシンであるアマゾンのご機嫌を取っておいたほうが得策だし、パンデミック中に人々が必需品の入手先として頼れる数少ない補給線であることも証明された。

     

    だとすれば、新型コロナウイルスは、単にきたるべき未来を手前にぐっと引き寄せる役割を担っただけではない。まったく異なる小売りの未来へと続く類いまれな入り口にもなったのではないか。つまり、こうした怪物企業が世界中の消費者の暮らしに有無を言わさず深く入り込んでいくための玄関口である。

     

    停電になって初めて電気に大きく依存していることを痛感するのと同じように、今後こうした小売業者が一種のライフラインのようになっていくはずだ。すると、怪物企業の規模もこれまでとは比べものにならないほど大きくなるだけでなく、もっとうまみのある新たなカテゴリーに触手を伸ばすための確かな足場を築くことになる。

     

    消費者にとっては、購入商品の大部分はもちろん、住宅や自動車の保険も処方薬もリハビリも子供の家庭教師も何から何までアマゾンが供給するような未来像は、以前よりも現実味を増している。

     

    オンラインで何かを買うときは決まってアリババになるだけでなく、銀行も近所のショッピングセンターのオーナーもアリババになっている世界は、決してあり得ない話ではなく、むしろ想像しやすい。自宅の冷蔵庫の内部はもちろん、子供たちが毎日何時間も使っているSNSまでウォルマートの管理下に置かれるような世界を荒唐無稽と言い切れるだろうか。

     

    少しでも可能性があるとすれば、多くの小売業者にとどまらず、地球上で人間を相手に何かを売っているすべての関係者にとって脅威だ。こういった国境なき巨大な怪物マーケットが消費者の暮らしの隅々まで入り込んでしまうと、価値と効用という名の有刺鉄線が顧客の周りに張り巡らされる。すると、他の業者がこの顧客にアプローチすることはほぼ不可能になる。

     

    パンデミックで、食物連鎖の頂点に立つ巨大な怪物の遺伝子組成は変異した。こうした企業がすでに桁外れの規模と売り上げに達していることを考えると、今後、この遺伝子変異で、信じられないような成長軌道に乗るだろう。そして、もっともっと巨大化していくはずだ。感染拡大の混乱が続くなか、このような怪物企業は、中間層の小売店やチェーン、百貨店をほぼ壊滅させ、品揃え、利便性、価格競争力を徹底的に向上させて、今日の量販店やコンビニなどの業態の多くは焦土と化すだろう。

     

    むろん、危険性は明らかだ。ひとたびこうした怪物企業がこれまでよりうまみのあるカテゴリーを次々に掌中に収めていけば、ECサイトでの商品利益率はあまり重要でなくなるのだ。極端な話、ECサイトは採算ラインぎりぎりで運営し、純粋に新規顧客の獲得手段として利用することも可能になる。

     

    その場合、商品は、新規顧客を招き寄せるための撒き餌に過ぎない。釣られた客は、怪物が用意した巨大エコシステムに生涯にわたって取り込まれることになる。銀行にしても、保険会社にしても、保健医療機関にしても、教育機関にしても、輸送業者にしても、怪物に大事な商売道具をごっそり持っていかれるわけだ。

     

    それでもまだ枕を高くして寝ていられるようなら、怪物は次なる攻撃を仕掛けてくる。怪物たちは、私たちの生涯を呑み込むほど巨大なエコシステムを築き上げていくうちに、小売りの世界に新種の生物が生まれる。それが、ミニマーケットプレイスだ【図】。

     

    【図】怪物企業とミニマーケット

     

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    小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」

    小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」

    ダグ・スティーブンス

    プレジデント社

    アフターコロナに生き残る店舗経営とは? 「アフターコロナ時代はますますアマゾンやアリババなどのメガ小売の独壇場となっていくだろう」 「その中で小売業者が生き残る方法は、消費者からの『10の問いかけ』に基づく『10の…

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