(※写真はイメージです/PIXTA)

建物を原状回復させずに鍵を返却してきた借主に対して、貸主が鍵の受取を拒否。原状回復工事の終了後に鍵の返却を受けた場合、工事期間中の賃料は借主に請求できるのでしょうか。賃貸・不動産問題の知識と実務経験を備えた弁護士の北村亮典氏が、実際にあった裁判例をもとに解説します。※本記事は、北村亮典氏監修のHP「賃貸・不動産法律問題サポート弁護士相談室」掲載の記事・コラムを転載し、再作成したものです。

原状回復とリニューアルを同時に行う場合は要注意

なお、本件の事例では、もう一つの問題として、賃借人の退去後におこなわれた工事が、「原状回復工事だけではなく、原状回復工事ではなく経年劣化・通常損耗の部分のリニューアル工事もおこなわれていた」ため、工事期間すべてについて賃料支払義務を発生させるべきか、という点が問題となりました。

 

この点については、裁判所の裁量により、原状回復工事と、リニューアル工事の費用の割合で賃料相当額を按分してそれぞれに負担させるという結論を取っています。

 

参考:東京地方裁判所平成20年3月10日判決 判旨(原告:賃借人、被告:賃貸人)

 

「原告は、被告に対し、平成16年4月19日に同年8月末日をもって解除する旨の通知をした上、平成17年1月31日には本件建物からナイジェリア大使館を退去させ、その鍵を被告に引き渡して本件建物を明け渡そうとしたところ、被告が鍵の受取を拒絶したのであるから、原告は平成17年1月31日に本件建物を明け渡したというべきであり、平成17年2月1日以降の賃料等が発生するはずはないと主張している。」

 

「本件賃貸借契約(乙1号証)によれば、原告は、本件建物のうち原告において修理、改造、模様替えなどをした箇所については原告の負担で原状に回復した上で本件建物を被告に明け渡すとされているが(第11条)、そうではない箇所については修理、清掃して原状に回復するとだけあり(第14条)、このような一般の原状回復工事と明渡時期との先後関係については、特に明示の約定は存在していないことが認められる。

 

ただし、上記のような本件賃貸借契約における各条項の先後関係や内容の趣旨を考慮すれば、本件においては、原告が負担すべき原状回復工事については、これを実施した後に被告に本件建物を明け渡す趣旨の契約であると考えるのが相当である。したがって、本件賃貸借契約においては、原告は、原告が実施すべき原状回復工事を完了して本件建物を引き渡すまでは、本件建物の明渡があったものとはいえないというべきである。」

 

「そうすると、一般的には、原告は、原状回復工事が完了した平成17年5月20日までの間については、明渡義務の履行遅滞にあったと考えることができるはずである。しかし、本件では、甲1号証、乙8、18、43~49号証、原告代表者尋問の結果、E証人の証言、F証人の証言などを総合的に勘案すれば、この間に被告も被告が負担すべき部分の原状回復工事を実施していたことや、実際の作業の便宜のために原告のなすべき工事に先立って被告の工事をしたために原告において手待ちになっていた部分も少なくないことが認められるから、そのような本件における特殊な事情を考慮するならば、原告、被告の双方によって原状回復工事がなされていた平成17年2月1日から同年5月20日までの期間について、原告の一方的な明渡義務の遅滞として賃料等相当損害金2077万7419円の支払義務を肯認するのは、当事者間の公平に反し相当ではないというべきである。」

 

「問題は、どのような基準でこれを原告と被告とに配分して負担させるのが相当かということになるが、全体を通して公平に分担させるべき基準は見あたらないので、民訴法248条の趣旨を類推適用して、当事者間の公平にかなう方法によって配分して負担させる他はないと考えられる。しかるに、原告が行った原状回復工事の内容(甲1号証)と被告が行った原状回復工事の内容(乙18号証)とを比較検討しても、それぞれの実施時期の相互関係は明らかではなく、また、原告が提出した工事工程表(甲6号証)によっても被告の原状回復工事との関係は不明であるから、当裁判所は、原告、被告、それぞれが負担すべき原状回復工事に要した費用の額に応じて、この間の賃料等相当損害金2077万7419円を案分するのが相当であると考える。」

 

 

※この記事は2020年5月30日時点の情報に基づいて書かれています。

 

 

北村亮典

弁護士

こすぎ法律事務所

 

 

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