「出産」の凄まじい歴史に驚愕…江戸時代の帝王切開は麻酔なし (※画像はイメージです/PIXTA)

現代では、産科医療が発達したおかげで、安心して出産できますが、医療が不十分だった時代の出産は、どうだったのでしょうか。昔は出産で命を落とす女性も多く、無事出産するためには、「神頼み」も必要でした。縄文時代から近代まで、出産を取り巻く環境がどう変わってきたのか、追ってみました。

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縄文時代の出産はまさに命懸け

縄文時代には、土偶が盛んに作られていました。土偶が何のために作られたのか、はっきりしませんが、土偶に当時の人々の祈りが込められていることは、間違いありません。現に、これまでに発掘された土偶の中には、明らかに妊婦を思わせるものも多数あります。これらはおそらく、出産の安全を祈願して作られたものでしょう。縄文時代の出産は、何の医療設備もない中で産むわけですから、どんなトラブルが起こるかわからない状況です。当時の産婦はまさに、命懸けで出産に臨んでいたのです。

平安時代は座って出産していた

平安時代の傑作といわれる源氏物語には、出産風景が描かれているシーンがあります。当時、出産は穢れ(けがれ)とされていたため、産婦は離れの部屋で、白装束に身を包んで出産していました。おそらく、白装束で出産するのも、穢れを払うためなのでしょう。穢れとは、忌まわしく不浄な状態のことです。現代では出産は尊いこととされていますから、出産を穢れと見る当時の考え方とはかなりの違いがあります。また、平安時代には、難産は物の怪の仕業と思われていたようです。

 

つまり、産婦の体に物の怪が入り込むと、難産になると信じられていたため、祈祷によって物の怪を追い出そうとしたのです。穢れといい、物の怪といい、迷信といってしまえばそれまでですが、当時は産婦の死亡率が高かったため、何かのせいにしてそれを退けることによって、産婦の命を救おうとしたのかもしれません。ちなみに、当時の出産は今とは違って、座産といって座って出産するのが主流でした。今は、仰向けになって出産するのが一般的ですが、当時は産婦が寝る姿勢で出産するのは、なぜか許されなかったのです。

1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

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