厚生労働省の意識調査(2017年)によると、日本国民が最期を迎えたい場所として「自宅」が69.2%と最多となった一方、同省が公表した人口動態(2019年)によると、実際の死亡場所は「病院」が71.3%と最も多く、「自宅」は13.6%に留まるなど、希望と現実には大きな乖離が生じています。がんの末期患者が最期を迎える場所として「自宅」を希望したとき、医師や患者の家族は本人に対して何ができるのか。医療法人あい友会理事長の野末睦氏が在宅医として経験した、ある忘れられない経験を語ります。

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在宅医が感じた「もう長くない」患者のサイン

私が訪問診療を本格的に始めて数年たったころ、ある忘れられない出来事がありました。

 

ある日の退院調整会議、病院側から鈴木さん(仮名)の今までの経過と現在の状態について説明がありました。

 

90歳を超えるような女性で、約一年前に進行した胃癌が発見され、病巣そのものをとる手術は、病気の広がりと年齢を考えて無理だと判断。

 

病気の部分を避けて食事が通るようにと、胃空腸バイパス術が行われて、しばらく自宅で療養されていたところ、最近激しい下痢になり、腸炎と診断され入院したとのこと。幸い下痢も収まったので、まだ微熱があるものの、入院している必要がないし、もともとがんに対する治療は無理なので、退院し自宅療養にもっていきたいとのことでした。

 

そのような病院の医師からの話を聞きながら、鈴木さん宅の義娘さんもうなずいていました。ところが、退院調整会議が終わりに近づいたころ、その義娘さんが、「まだ熱があるので、下がるまで入院させておいていただけませんか?」と遠慮がちに発言されたのです。

 

それに対して病院の医師は「そうですね。それまで入院していてもいいですよ」と返しました。

 

退院調整会議が終わって、病室で休まれていたご本人にご挨拶しようと向かいました。案内されて病室に入ると、そこは二人部屋でしたが、鈴木さんおひとりが、カーテンが閉まって薄暗い部屋にやや上体を高くして横になっていました。

 

やや荒い呼吸で、じっと目を閉じていらしたのですが、「鈴木さん。あい太田クリニックの野末です」と声をかけると、目を開けて、少し私のほうに顔を傾けました。

 

「退院された後、ご自宅に伺って診察させていただきます」と続けたのですが、すぐに目を閉じてしまいました。私の話を理解されたのか、その前に声が聞こえたのかどうかさえ判断できませんでした。

 

この鈴木さんの様子を見て、私はかなり驚きました。「呼吸も荒いし、目も開けていることができない。もうそんなに長くないのではないか」と。

 

そして、病室を出た時に、義娘さんに「早く退院しないと、間に合わないような気がします。熱が下がるまで待たないほうがいいのではないでしょうか?」と伝えました。

 

私の話を聞いて、義娘さんははっとしたような表情になりました。そんなにすぐに亡くなってしまうほど危ない状態だとは感じていなかったようなのです。

 

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