「本当に悪いことをしました。」妹がダウン症…姉妹2人を同時に救った「医師の言葉」 「今でも後悔している」と話す佐々木優美さん(仮名)

「私が妹の大切な時間を奪った」―――ダウン症の妹を持つ佐々木優美(仮名)さん。そんな彼女に両親の離婚、事故、結婚の断念……あらゆる出来事が次々と襲いかかります。妹の本当の幸せとは? 悩む彼女を救った医師の言葉を今回はご紹介します。

自転車事故で救急搬送―――そこから変わった私の意識

大きな事件が起きたのはその1年後。

 

「妹が6歳の時でした。自転車で2人乗りをしていたんです。妹は私が自転車に乗るのをすごく羨ましがるので、普段からよくそうやって乗せてあげていました。だから、その日も問題ないと思っていたのですが、フッと妹の手が私の腰から離れて、そのまま頭から落ちてしまったんです」

 

「今でも思い出すだけで震えます」

 

自分を落ち着かせるためか、深呼吸した優美さん―――

 

晴奈さんは頭を強く打ち、出血。そのまま救急車で病院に搬送されました。

 

幸い、命に別状はなく、頭も数針縫う程度で済んだものの、優美さんの心にその出来事が大きなトラウマとして残ったといいます。

 

「妹が自転車から落ちた時の、頭から流れる血の色とか、半目で意識がもうろうとしていたこととか、そういう情景が脳裏にこびりついて消えないんですよね。自分のせいで妹が死ぬかもしれないと思うと怖くてたまらなかった」

 

結局、このことがきっかけとなり、優美さんはつきっきりで春奈さんの面倒をみるようになったのだそう。

 

「ひと時も目を離せない。気を緩ませたらまた妹が危険な目に合うかもしれない。そう思って生活面のあらゆることをしてあげていました。妹の成長スピードはスローペースでしたが、実際は、できることは少しずつ増えていっていました。それでも、少しでも危ないと思うことは怒ってでもさせないなんてことも多々ありました」

妹が心配で県外の大学には行けない

そうして妹さんの世話をする日々が続き、優美さんは大学生になりました。

 

「大学も県外にはいきませんでした。母親は自由にしていいよと言ってくれましたが、妹が心配で…。でももちろんサークルに入ったり、バイトしたりはしていましたし、普通の大学生活は送っていました。その時は、今までよりも自分の人生を生きていると感じていました」

 

そんな優美さんにも、大学2年生の時初めての彼氏ができたと言います。

 

優しくみんなに頼られる存在の男性で、優美さんも彼の前では安心して自分を出せたのだとか……。

 

「私にはもったいないくらいの人でした。でもありがたいことに、彼も私のことをすごく大事にしてくれて、すごく幸せな時間でしたね。妹のことを話したときも、何でもないことのように受け入れてくれて、わざわざ家まで会いに来てくれたこともあります。この人なら、一緒になっても妹を大事にしてくれる、そう思いました」

 

しかし―――

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著者紹介

連載私を救った医師の言葉

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