「土用丑の日は、うなぎ」を定着させた平賀源内の恐ろしい死因 (※画像はイメージです/PIXTA)

平賀源内といえば、エレキテルなど、数々の発明をした人物として知られています。また、土用丑の日に、うなぎを食べることを定着させたのも、平賀源内と言われています。マルチな才能を見せた平賀源内も、晩年は不幸なものでした。平賀源内の功績と、死因を探ってみましょう。

関連記事】元寇を撃破も32歳で…「北条時宗の死因」を肖像画から検証

平賀源内とは

平賀源内は、享保13年(1728)、現在の香川県さぬき市志度に、白石家の三男として生まれました。源内は本草学者、地質学者、蘭学者、医者、殖産事業家、戯作者、浄瑠璃作者、俳人、蘭画家、発明家など、数多くの肩書を持っています。

 

源内は同性愛者だったため、生涯独身で歌舞伎役者などと、情を交わしていたと言われています。また源内は、エレキテルを発明したと言われていますが、本当は発明したのではなく、エレキテルを修理しただけでした。エレキテルの原理も知らなかったのに、修理できたのですから、並外れた能力を持っていたことは間違いないでしょう。

 

ちなみに、エレキテルはオランダの発明品で、静電気実験に使用されたり、電気ショック治療用の医療器具として用いられていました。1750年代にオランダ人が、エレキテルを江戸幕府に献上したという記録がありますが、源内が修理したものと同一かどうかはわかりません。

土用丑の日に鰻を食べる訳

毎年、土用丑の日が近づくと、スーパーなどではわざわざコーナーを設置して、大々的に鰻を販売しています。このように、今では土用丑の日に鰻を食べることが、すっかり定着しています。では、この風習はいつ頃始まったのでしょうか。

 

実は、夏場に鰻が売れずに困っていた鰻屋から、相談を受けた源内が、「土用丑の日に鰻を食べると元気になる」という、キャッチコピーを作ったことから始まったと言われています。しかし、本当に源内が言い出したものなのか、裏付けとなる資料は見つかっていないようです。

平賀源内の死因

平賀源内の死因については、いくつかの説があるようですが、人を殺して投獄され、獄中で破傷風にかかって死んだという説が、有力とされています。では、源内はどうして、人を殺してしまったのでしょうか。高松藩家老木村黙老の「聞まゝの記」には、平賀源内の犯罪について、以下のように記されています。

 

平賀源内に、ある大名の泉水工事の見積もりをさせてみたところ、他の施工業者よりかなり安かったということです。そこで、源内に施工をまかせようとしたところ、他の施工業者とトラブルが起きました。そこで、和解するために、源内宅に施工業者を呼んで、酒宴が催されることになりました。酒宴の席で、源内が見積書を見せると相手は納得したのですが、朝起きるとその見積書が見当たりません。そこで、源内は施工業者を追求しましたが、盗った覚えはないと否定します。

 

それでも源内がしつこく追及するので、「盗ったとしたらどうする?」と、源内を挑発するような発言をしました。これに激怒した源内が刀で切りつけたたため、相手の男は重傷を負って逃走します。男はいずれ死んで、自分に咎が及ぶと見た源内は、捕縛される覚悟して身辺整理を始めました。すると、盗まれたと思った見積書が、出てきたのです。相手を切りつけたのは間違いだったことがわかり、源内は切腹して詫びようとしますが、門人たちがこれを止めて、源内は投獄されることになります。

 

しかし、源内は判決が出る前に、獄中で破傷風にかかり、安永8年(1779)12月18日に52歳という若さで死亡しました。罪人が死んでも、遺体は遺族に引き渡されません。そこで、源内の遺体は小伝馬町にあった総泉寺に埋葬されましたが、昭和3年に総泉寺が現在の板橋区に移転した際、なぜか源内の墓だけはそのまま元の場所に残されたということです。

破傷風菌は傷口から侵入する

人を殺して投獄された源内は、生きていれば死刑の判決を受けたでしょう。破傷風で亡くなったのは不運でしたが、どっちみち助からない命でした。破傷風はかなり辛い病気だと言います。症状が進行すると筋肉が動かなくなり、体に激痛が走りますが、意識はハッキリしているため、死ぬまで苦痛を味わうことになります。源内は破傷風で苦しみながら、誤って殺してしまった男に、詫びていたのではないでしょうか。源内は11月21日に投獄され、約1か月後に死亡しました。

 

では、源内はどこで、破傷風に感染したのでしょうか。投獄されてから1か月で死んだことを考えると、おそらく男を切ったときに、源内も負傷したのでしょう。その傷口から破傷風菌が侵入し、破傷風に感染したものと思われます。52歳といえば、当時の平均寿命から見ても、早すぎる死ではありませんが、源内が刃傷沙汰さえ起こさなかったら、もっと長生きしてマルチな活躍を見せたことでしょう。

 

破傷風は、現代でも稀に見られる病気です。錆びた釘を踏んだり、転倒して膝を擦りむいた場合などに、破傷風にかかることがあります。このように、破傷風菌は土の中に潜んでいることが多いのですが、稀に動物に噛まれたことにより、発症することもあります。破傷風の治療では、傷口を大きく開いて洗浄したり、消毒するなど、初期治療が重要になります。現代では当たり前のこういった処置が、江戸時代にはまだ知られていなかったのでしょうか。
 

 

1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

著者紹介

連載医師のためのお役立ち情報

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!