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連載医師のためのお役立ち情報【第125回】

周囲の声を無視して川の水を飲んだ…53歳で急死「チャイコフスキーの謎の死因」に迫る

医師与謝野晶子

周囲の声を無視して川の水を飲んだ…53歳で急死「チャイコフスキーの謎の死因」に迫る (※画像はイメージです/PIXTA)

ピョートル・チャイコフスキーは、ロシアが生んだ有名なクラシック音楽の作曲家です。バレーファンが多いことで知られる医師の間でも「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」という曲は、上位にランキングされる名曲ばかり。数多くの名曲を残しているチャイコフスキーですが、その死については謎が多く、自殺説をはじめ、さまざまな憶測が飛んでいます。では、チャイコフスキーの本当の死因は、何だったのでしょうか。

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チャイコフスキーの生い立ち

チャイコフスキーは1840年5月7日、ロシアのウラル地方ヴォトキンスクで生まれました。5歳からピアノを習い始めると、水を得た魚のように、メキメキと腕を上げます。しかし、10歳になったチャイコフスキーを、彼の両親はサンクトペテルブルクの法律学校に入学させました。両親には、チャイコフスキーを、音楽の道に進ませる気はなかったようです。

 

しかし、音楽の才能に目覚めたチャイコフスキーは、法律の勉強をする傍ら、講師についてピアノや声楽を学びます。このように、チャイコフスキーは他の作曲家とは違って、一般の学校教育を受けてから、本格的な音楽教育を受けました。そのため、他の作曲家と比べると、かなりスタートが遅れています。

 

1859年5月、法律学校を卒業したチャイコフスキーは、6月に法務省に就職しますが、その仕事は彼にとっては退屈なものでした。チャイコフスキーは1862年9月、帝室ロシア音楽協会で音楽を学び始めると、1863年4月に法務省の職を辞して、音楽に専念することを決意します。チャイコフスキーには、アレクサンドリアという妹がいますが、この妹とはとても仲がよかったようです。1861年に、妹がウクライナのカーメンカに住む大貴族に嫁ぐと、カーメンカが気に入ったチャイコフスキーは、頻繁に訪れるようになり、ここで多くの曲を作っています。

同性愛者だったが、一度結婚はしていた?

ホモセクシュアルだったチャイコフスキーも、一度だけ普通の女性と結婚しています。その女性はアントニーナ・ミリューコヴァという名前で、2人は1877年に結婚しました。アントニーナの熱烈な求婚によって、2人は結婚したのですが、新婚生活はチャイコフスキーにとって、幸せなものではなかったようです。

 

チャイコフスキーはモスクワ川で自殺を図るほど、精神的に追い詰められました。その後、彼は、妻のもとを逃げるようにペテルブルクへと去ってしまいます。結婚生活を放り出されたことにアントニーナが納得するはずもなく、何度も復縁の手紙を送ったそうですが、結婚生活が再構築されることはありませんでした。

憶測がさまざまな説を呼ぶチャイコフスキーの死因

53歳という若さで急死したチャイコフスキーですが、その死因についてはさまざまな説が飛び交っています。そのひとつに自殺説があります。残された手紙や日記などから、チャイコフスキーがホモセクシャルであったことは間違いないようですが、このことが原因でチャイコフスキーは、自殺を強要されたという驚くべき説があります。

 

ある貴族の甥と男色の関係になったときのことです。まさか自分の甥がチャイコフスキーとそのような関係を持っていると思わなかった貴族は激怒しました。そして皇帝アレクサンドル3世に訴えたのです。すると秘密法廷が開かれ、チャイコフスキーに対して下された刑罰は、砒素を使った服毒自殺をしろ、というものだったというのです。

 

ホモセクシュアルが明るみに出ると、チャイコフスキーにとって不名誉なことだから、おとなしく毒を飲めというわけです。にわかには信じがたいことですが、チャイコフスキーが死んだ直後にも、この説が流れています。しかし、チャイコフスキーの遺体を診た医師が残したカルテなどを見る限りでは、砒素による症状は見られないということでした。

 

もうひとつ有力な説とされるのが、コレラによって死亡したというもの。1893年11月2日、レストランで食事をしていたチャイコフスキーは、周囲が止めるのも聞かず、川の水をグラスに汲んで飲み干したというのです。その数時間後に、チャイコフスキーは激しい嘔吐と下痢を繰り返し、4日後に亡くなりました。おそらく、川の水がコレラで汚染されていたのだろうということで、コレラ死因説が定着したのです。

 

確かに、激しい嘔吐と下痢はコレラの特徴的な症状ですが、仮に川の水がコレラに汚染されていたとしても、わずか数時間で発症することはありません。そのため、本当の死因は、川の水を飲んだ前の晩に発症した、肺水腫によるものと言われています。しかし、この説に納得しない人も多く、コレラを発症したことによる尿毒症と、肺水腫のために心臓が衰弱した、合併症であると主張する人もいます。

 

これだけ有名な作曲家のチャイコフスキーではありますが、その死因についてはいずれも不審なものが並んでいます。現代医学において、死亡した状況から彼の死因を判断すると、どれが正しいのでしょうか。
 

 

1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

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