(※写真はイメージです/PIXTA)

本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『フェイクニュース・デマ情報への法的対応・基礎編―①法的規制の概観と企業の取組み』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

3. 法的措置のハードル及び近時の動向

(1)法的措置に対するハードル

もっとも、上記2に記載したような既存の法規制を適用することによるフェイクニュース・デマ情報の規制にはハードルもあります。

 

第一に、憲法21条によって保証されている表現の自由との調整の観点から、虚偽の情報であることが立証されなければ、信用毀損罪・偽計業務妨害罪・風説の流布等には該当しません。名誉毀損罪の成立には、その内容の真偽は問わないとされているものの、公共の利害に関する事実については、真実であることが証明された場合や、確実な資料・根拠に基づいて真実であると誤信した場合には、処罰されないものとされています※8。このため、明確に虚偽であると立証しにくい情報の流布に対しては、捜査当局としても立件に慎重な態度を取ることが多いと考えられます。

 

※8 最大判昭和44年6月25日刑集23巻7号975頁。

 

第二に、民事訴訟を提起するためにはフェイクニュース・デマ情報を発信したり流布した者を特定することが必要となるところ、SNS上でフェイクニュースが広まった場合、そもそもの出所や広く拡散されたきっかけとなった投稿が明確でないこともあります。また、仮に問題となる投稿自体は発見できたとしても、匿名の投稿であるなど、当該投稿を行った者を特定することが困難な場合も少なくありません。被害届・告訴状を提出して刑事処分を促したり、行政当局に申告・通報を行って処分を求める場合には、被疑者を特定することは必須ではありませんが、当局に積極的な対応を促す上では、被疑者が特定されていることはプラスに働きます。

 

この点、日本においては、プロバイダ責任制限法上の発信者情報開示手続を通じて投稿者の特定を図ることになりますが、その手続は必ずしも容易ではありませんでした。従来は、多くの場合、①SNSの運営者であるプラットフォーム事業者(コンテンツプロバイダ)への開示請求と、②投稿者にインターネットへのアクセスを提供している通信事業者(アクセスプロバイダ)への開示請求を経て、ようやく③投稿者に対する民事訴訟の提起又は捜査当局・行政当局に対する申告に至ることになり、手続に多くの時間・コストがかかり、救済を求める被害者にとって負担が掛かっていました。

 

(2)各国における規制動向

近年、フェイクニュース対策の検討が先行している米国及び欧州においては、このような表現の自由との調整や、フェイクニュース・デマ情報の速やかな是正を目的として、プラットフォーム事業者の自主的な取組みやファクトチェック機関との連携強化等の対応が進められています。

 

日本においても、総務省主催の「プラットフォームサービスに関する研究会」においてフェイクニュース対策が議論され、「プラットフォーム事業者を始めとする民間部門における関係者による自主的な取組を基本」に据えつつ、自主的対応が十分な効果を発揮しない場合には、「透明性・アカウンタビリティの確保方策に関して、プラットフォーム事業者に対する行動規範の策定や対応状況の報告・公表など、行政からの一定の関与も視野に入れて検討を行う」との方針が示されました※9。また、2020年8月には、主として個人に対する誹謗中傷を念頭に置いたものですが、プラットフォーム事業者に対して、他人の権利を侵害するような情報については書き込みの削除・非表示・アカウント停止等の対応を実施すること、誹謗中傷等に対する取組みについて透明性やアカウンタビリティを確保することを求める提言が示されています※10。2021年4月には、発信者情報開示に係る非訟手続の創設、ログイン型投稿に係る発信者情報開示への対応等を柱とする改正プロバイダ責任制限法が成立しています。

 

※9 総務省「プラットフォームサービスに関する研究会最終報告書」(2020年2月7日公表)(https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban18_01000075.html)。

 

※10 総務省「プラットフォームサービスに関する研究会インターネット上の誹謗中傷への対応の在り方に関する緊急提言」(2020年8月7日公表)(https://www.soumu.go.jp/main_content/000701995.pdf)。

 

改正プロバイダ責任制限法の概要及び近時の規制動向の具体的内容については、次回以降紹介いたします。

4. 企業の取組み-平時と有事の対応

企業担当者としては、フェイクニュースやデマ情報に対してどのような法的対応を取るべきでしょうか。ここでは、実際に被害に遭った場合にどのように対応すべきか(有事対応)と、普段からどのような点について心がけたり、準備をしておくべきか(平時対応)の両側面から考えてみたいと思います。

 

(1)有事対応

有事対応として、上記2記載のとおり、フェイクニュースやデマ情報によって企業が被害を被った場合には、以下のような法的対応が考えられます。

 

●捜査当局に対して告訴又は被害届の提出を行って刑事処分を求める

 

●発信者情報開示手続等を経て、虚偽情報の投稿者・拡散者を特定した上で、民事訴訟(損害賠償請求、差止請求、名誉回復措置請求・信用回復措置請求等)を提起する※11

 

※11 差止請求・名誉回復措置請求・信用回復措置請求等について、本訴提起よりも迅速な手続として、仮処分の申立てを行うことも考えられる。

 

●(各法令の違反要件に該当する場合)金融商品取引法違反や独占禁止法違反に該当するとして、証券取引等監視委員会や公正取引委員会に対して違反事実の申告を行う

 

虚偽情報の内容や流布の状況、想定される投稿者、被害の内容など、事案によって取り得る選択肢や有効な手段は異なってきますので、どのような対応を取るべきか、法務部門や外部弁護士等と相談して検討することが必要になります。この際に重要となるのが、以下の点です。

 

★迅速な対応

 

虚偽の情報は時間が経つほど広範囲に拡散していき、事後的にこれを打ち消す事も困難になっていきます。また、法的対応のために必要な発信者情報や証拠となるデータ等は、一定期間が経過するとサーバ上から削除され、対応が困難になることも考えられます。

 

★総合的・戦略的な視点

 

仮に投稿者に対して刑事罰が科されたり、民事上の法的責任を追及したとしても、拡散された虚偽情報を全て追跡・補足して削除することは不可能です。したがって、企業には、メディア・消費者・取引先・監督当局・投資家・従業員等の多様なステークホルダーに対して、正しい情報を提供することが求められます。また、投稿者・拡散者等との後日の紛争に備えた証拠収集・財産保全や、低下したレピュテーションの向上策、今後虚偽情報の流布を防ぐための再発防止策などについても検討する必要があります。このような多角的な対応を、総合的・戦略的視点を持って同時並行的に行うためには、企業内において、法務・コンプライアンス部門と、広報・マーケティング部門等が緊密にコミュニケーションを取って対応に当たることが重要です。また、必要に応じて、危機管理対応に通じた弁護士やPRコンサルタント等の助力を得ることも考えられます。

 

★正確なカウンター情報の提供

 

虚偽情報の拡散を防止し誤認識を減少させるためには、カウンター情報、特に公的機関等の信頼性の高い情報を用いたデマの訂正が効果的であるとされています。フェイクニュースやデマ情報の対象となった企業としては、正確な情報を適時に発信すると共に、必要に応じ、公的機関や、今後本格的な活動が期待されるファクトチェック機関の公表情報等を引用するなどして信頼性の確保に努めることが有効であると考えられます。なお、フェイクニュースやデマ情報に対して、感情的に応酬したり、不確実な情報で対抗することは避けるべきです。騒動が盛り上がって炎上状態になると虚偽情報が更に拡散されることになりますし、不確実な情報を公表した後になって、当該情報も事実に反すると判明した場合には、当該企業に対する信頼が損なわれ、その反動で虚偽情報の信頼性が高まってしまうことも考えられます。

 

★沈静化後も手を緩めない

 

フェイクニュースやデマ情報が虚偽であるとの認識が拡がると、当該情報の拡散は収束していきます。しかし、一度は虚偽であることが広く知られるに至った情報が、一定期間経過後に再度拡散さるケースがあることが、明らかになってきています。企業としては、フェイクニュースやデマ情報による騒動が一旦沈静化したように見えても、対応の手を緩めるべきではなく、適切な情報開示や法的対応を進めることが重要です。

 

(2)平時対応

平時対応としては、まず、当然のことながら、私たち自身が虚偽情報の発信・拡散をしないことです。フェイクニュースを発信しないことはもちろん、悪意の有無を問わず、虚偽の情報を拡散することがないようにしなければなりません。そのためには、複数の情報源から情報を収集・比較する、情報の発信元が信頼できる人・機関なのかを確認する、当該情報が古い情報ではないか、発信時期を確認する、引用や伝聞がなされた情報について一次情報を確認するといった方法で、ファクトチェックをきちんとすることが必要です。

 

また、企業としては、消費者・取引先等とのコミュニケーションを活発にすると共に、自社の製品・サービスや事業運営について、透明性の確保に努めることも重要です。それにより、当該企業の発信する情報の信頼性が高まり、いざフェイクニュースやデマ情報が拡散したときにも、カウンター情報を信用してもらいやすくなります。

 

また、フェイクニュースやデマ情報については、上記3記載のように官民を通じた取組が進められているところですので、今後、企業として取り得る対応の選択肢が拡がっていく可能性があります。企業担当者としては、法的規制や事業者の自主的な取組みなどの動向を注視し、アップデートを図っていくことが必要です。このような情報のアップデートを図る観点や、有事の際に速やかに相談をする観点で、平時から専門家とのチャネルを確保しておくことも有効でしょう。

 

 

沼田 知之
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

 

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   沼田 知之

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