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連載医師のためのお役立ち情報【第98回】

25歳で脚気、26歳で天然痘、30代で抑うつ状態、43歳でマラリア…たびたび大病に罹患した「徳川家光の死因」を検証

医師徳川家光死因

25歳で脚気、26歳で天然痘、30代で抑うつ状態、43歳でマラリア…たびたび大病に罹患した「徳川家光の死因」を検証 (※画像はイメージです/PIXTA)

徳川家光は、徳川幕府の土台を固め、盤石な幕藩体制を築いたことで知られています。具体的には、武家諸法度や参勤交代の制度を作って、15代まで続く幕府の基礎を作りました。そのため、家光には力強い将軍というイメージがありますが、実際は幼少期から病弱で、何度も生死の世界をさまよっています。知られざる、徳川家光の実像に迫ってみましょう。

家光が患った病気

家光は3歳の頃に大病を患い、侍医が調合する薬を飲ませても、一向に症状が改善しませんでした。孫である家光が重病と聞き、駿府から家康が、「紫雪」という内服薬を持って見舞いに訪れます。この紫雪を飲ませたところ、侍医たちの薬がまったく効かなかったのに、たちどころに快癒しました。

 

また、家光は26歳で天然痘にかかりましたが、乳母である春日局の懸命な看病により完治します。春日局は、幼少期に軽い天然痘にかかったことがあるので、その経験が生かされたのかもしれません。いずれにせよ、致死率の高い天然痘から生還できたのですから、おそらく症状は軽かったのでしょう。

 

このほか、家光は25歳で脚気になり、43歳のときはマラリアにかかるなど、命を落としてもおかしくない病気を何度も患っています。また、家光は30代の頃から、抑うつ状態にあったようです。40代になると、たびたび頭痛に見舞われたことを考えると、高血圧であったことが推察されます。

 

家光は48歳で亡くなりましたが、突然震えが始まり、意識不明のまま帰らぬ人となりました。その少し前から、歩行障害があったということですから、おそらく脳血管系の疾患で、亡くなったものと考えられています。家光は、徳川幕府の屋台骨を作り上げると、あっけなくこの世を去ったのです。

1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

著者紹介

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