医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか…診療体制の変更などが起きる?問われる都道府県の対応

医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか…診療体制の変更などが起きる?問われる都道府県の対応
(写真はイメージです/PIXTA)

国会で、医師の長時間勤務を制限する医師の「働き方改革」などを内容とする改正医療法が成立した。この法改正では、医師の超過勤務を制限する方針に加えて、新興感染症への対応を医療計画に位置付ける制度改正など広範な内容が盛り込まれているため、医療機関の経営や地方行政の実務に様々な影響を及ぼす可能性がある。本記事では、医師の働き方改革を中心に、医療制度に及ぼす影響や論点について考察する。

4―医師の働き方改革に関する論点と展望(1)~医療機関の経営に与える影響~

1.B水準とC水準の医療機関に求められる対応

 

当面の焦点はB水準とC水準に該当する医療機関の対応になる。具体的には、「36協定」(労働基準法第36条に基づき、1日8時間、週40時間と定められた法定時間を超えて残業を命じる場合に必要な協定の届出)を2021年度中に届け出る医療機関のうち、時間外労働時間が年960時間を超える医療機関については、B水準とC水準に該当することになる。さらに、こうした医療機関に該当した場合、連続勤務時間の制限とか、終業から次の始業まで休息時間を確保する「勤務間インターバル」の設定、代償休息などの「追加的健康確保措置」の実施が義務化される。

 

さらに、B水準とC水準に該当する医療機関は「医師労働時間短縮計画」を2022年9月までに策定する必要がある。その際には、厚生労働省が示した「医師労働時間短縮計画策定ガイドライン」を参考にしつつ、労務管理や労働時間の実績の把握、労働時間の短縮、院内における情報共有、タスクシフトなどを盛り込むことが求められる。その上で、医師労働時間短縮計画が第3者による評価・審査を経ると、都道府県がB水準とC水準の医療機関を指定する流れとなっている(ただし、第3者の評価・審査に関しては、詳細が詰まっていない)。

 

2.診療体制の変更などが起きる?

 

こうした改革が医療機関の経営や診療、地域医療に及ぼす影響を全て予想するのは難しいが、一つの参考材料になるのが2021年3月に公表された厚生労働省の委託調査である

※「新型コロナウイルス感染症への対応を踏まえた医師の働き方改革が大学病院勤務医師の働き方に与える影響の検証とその対策に資する研究」(速報版)。回答した医師数は531人。大学病院・兼業先ともに待機時間を含むケースの数字。

 

調査では回答に応じた医師に対し、A~Cのどの水準に該当するか尋ねており、A水準は40.1%、連携B水準は27.3%、B水準またはC水準は9.4%、B水準・C水準を超過した医師が23.2%となっていた。

 

つまり、B水準、C水準を超過している医師は半数以上に上っており、こうした医師が勤務する医療機関では、勤務時間の制限とか、シフトの変更などの対応が必要になる可能性がある。

 

その結果、診療体制の見直しや超過勤務手当の支払いなど医療機関の経営に与える影響が想定される。先例としては、聖路加国際病院(東京都中央区)は2016年6月、労働基準監督署の立入調査を受け、医師の時間外労働の短縮を要請されたことで、診療体制や担当医の変更などに取り組んだ

※福井次矢(2017)「労働基準監督署への対応」『病院』Vol.76No.10のほか、2019年5月1日と2018年3月1日の『日経メディカル』配信記事における福井次矢院長に対するインタビューを参照。

 

さらに、日本医科大付属病院(東京都文京区)では同大に在籍する院生の医師に診療行為に従事させているのに、賃金を適切に支払っていなかったとして、労働基準監督署から是正勧告を受けた

※2021年1月26日『毎日新聞』。

 

さらに、今回の改革は単なる医師の時間外勤務の制限にとどまらず、医師の仕事を他の職種に移譲する「タスクシフト」が進む可能性がある。実際、厚生労働省が示した「医師労働時間短縮計画策定ガイドライン」では任意記載事項として、タスクシフトに言及している。

 

3.医師の引き揚げなどの「副作用」も焦点

 

一方、現場では医師の働き方改革による「副作用」として、地方病院からの医師引き揚げを恐れる意見も聞かれる。つまり、大学病院などが労働時間の短縮に対応するため、派遣先の医療機関から医師を引き揚げれば、医療機関の経営やサービス提供が立ち行かなくなる危険性である。

 

実際、同様の事態は2004年の「新臨床研修制度」の導入時にも起きた。この時には特定の専門領域に限らず、幅広い分野の専門研修を義務化したほか、希望に基づいて研修医と研修病院を組み合わせるマッチングシステムも導入された。

 

この結果、以前は大学の医局が割り振った病院で研修を受けるのが普通だったのに対し、新制度では多くの研修医が都市部の民間病院を選ぶようになった。一方、大学も研修体制の充実が求められるようになり、医局から派遣していた医師を地方の病院から引き揚げたため、残された医師の労働環境が悪化。負担増を避けるために開業したり、病院を辞めたりする医師が続出し、残された病院勤務医の負担が増す悪循環となった

※当時、この現象は「立ち去り型サボタージュ医療崩壊」と呼ばれた。小松秀樹(2006)『医療崩壊』朝日新聞社を参照。

 

今回の医師の働き方改革に関しても、同様の「副作用」を懸念する向きがあり、例えば医師不足で悩む県で構成する「地域医療を担う医師の確保を目指す知事の会」が2020年1月に発足した際には、「医師不足を解消しないまま働き方改革を続けると、地域医療は崩壊する」との危機感が示される一幕もあった

※2020年2月1日『m3.com』配信記事における達増拓也手岩手県知事の発言。設立時点のメンバーは青森、岩手福島、新潟、長野、静岡の各県知事。

 

さらに、先に触れた厚生労働省の委託調査でも、10大学のヒアリングでは5つの臨床科で上限規制を遵守するため、医師派遣を縮小する可能性があると回答しており、こうした「副作用」の懸念は杞憂と言い切れない面がある。このため、施行に際しては、医師の勤務環境改善と、地域医療の確保のバランスが大きな論点となりそうだ。

 

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    ※本記事は、ニッセイ基礎研究所の三原岳氏の「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか…診療体制の変更などが起きる?問われる都道府県の対応』を転載したものです。
    ※本記事記載のデータは各種の情報源からニッセイ基礎研究所が入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本記事は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

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