江戸時代のスイーツ男子「徳川家茂」には30本も虫歯があった (※画像はイメージです/PIXTA)

幕末の14代将軍徳川家茂(とくがわいえもち)は、甘いものが大好きなスイーツ男子でした。そのため、30本もの虫歯があったと言われています。家茂はわずか20歳で亡くなりましたが、死因はビタミンB1が不足して起こる脚気でした。しかも、脚気の原因は虫歯だったということですから、家茂はスイーツに命を奪われたことになります。家茂は誠実で人望も厚く、孝明天皇からも信頼されていただけに、虫歯のせいで早死にするなんて非常に残念です。

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徳川家茂とスイーツ

家茂は、とにかく甘いものが好きだったようで、家茂に関する資料には、いろんなスイーツの名前が出てきます。子供の頃に好きだったのは、渋柿の渋を樽酒で抜いた、甘い樽柿でした。

 

家茂が15歳の頃、桜田門外の変が起こりましたが、その際家茂は、水戸藩士らに襲撃された井伊直弼に、自分が好きな氷砂糖を送ったと言われています。しかし、すでに井伊直弼は首を討たれて死んでいたので、この氷砂糖を食べることはありませんでした。家茂がまだ少年ということもあり、直弼は急病のため、登城できないと伝えられていたので、見舞いの品として氷砂糖を送ったのでしょう。

 

家茂は長州征討の準備を進める中、大坂城で体調が急変し、妻の和宮から砂糖が送られ、義母の篤姫からも大小豆が送られましたが、これらを口にすることなくこの世を去りました。

 

幕末という激動の時代に、将軍として務めるのは、かなりのプレッシャーがあったことでしょう。しかも、家茂は父や叔父が早死にしたため、わずか4歳で紀伊藩主の座に就きました。さらに、13歳という若さで、徳川家の将軍になります。

 

17歳になると、孝明天皇の妹・和宮と結婚することになりますが、これは明らかに政略結婚でした。このように、家茂は幼少の頃から、難しい舵取りをしなければならない立場に、身を置き続けていたのです。おそらく、気の休まる暇もなかったでしょう。そんな家茂の唯一のストレス解消法が、スイーツを食べることだったのかもしれません。そして皮肉にも、そのスイーツが彼を早死にさせたのです。

和宮とは相思相愛の仲

激動の人生を送らざるを得なかった家茂。幸いにも、政略結婚で妻となった和宮とは、仲が良かったようです。家茂と結婚する前、和宮には有栖川宮熾仁親王という許嫁がいました。それなのに、徳川家に嫁がなければならなかったので、和宮にとっては不幸な結婚でした。しかも、皇族育ちの和宮にとって、武家のしきたりは何から何まで違っており、さらに姑の篤姫との間に嫁姑問題が起きて、苦しい立場にいました。そんな和宮を、家茂はしっかり支え、元気づけます。

 

その後、篤姫と和解して嫁姑問題が解消すると、家茂と和宮は仲睦まじい夫婦になりました。政略結婚から始まった生活でしたが、2人が相思相愛の仲だったことが、せめてもの幸いでした。しかし、家茂と和宮の結婚生活は、わずか5年で終わりを迎えます。家茂が死んで11年後に、和宮も亡くなりました。「家茂公のそばに葬ってほしい」という和宮の願いがかない、現在も家茂と和宮の墓は並んで立っています。

和宮の墓所から出土したもの

昭和34年(1959)、徳川家墓所の発掘調査が行われました。このとき、和宮の墓の中から、1枚のガラス湿版写真が発見されています。和宮がしっかり抱きかかえていた写真には、直垂に烏帽子をかぶった、武家の正装をした男性の姿が映っていたということですから、家茂の写真に間違いないでしょう。

 

義兄の孝明天皇の影響で、家茂は写真を撮らなかったと言われていますが、和宮にだけは、自分の写真を撮って贈っていたようです。しかし、湿版写真を太陽光に当てたため、翌日には家茂の姿は消えてしまい、幻の写真となってしまいました。

家茂は本当にスイーツが好き

徳川家墓所の発掘の折、家茂の頭蓋骨を調べたところ、31本の歯のうち、30本が虫歯だったと言うことです。家茂の好物は羊羹、氷砂糖、金平糖、カステラ、最中など、とにかく甘いものに目がなかったと言いますから、ほとんどの歯が虫歯になるのも当然でしょう。

 

家茂の死因は脚気でしたが、その脚気の原因となったのが虫歯でした。当時は「江戸わずらい」と呼ばれるほど、江戸で脚気が流行していたのです。脚気は単なる足の病気ではなく、悪化すると急性心不全を引き起こす、油断のならない病気です。

 

脚気はビタミンB1が不足して起こりますが、ビタミンB1は米ぬかに多く含まれています。それまでの日本人は、玄米を主食にしていました。それは、白米を作る精米技術が、あまり進んでいなかったからです。ところが、江戸時代末期に精米技術が向上し、誰でも白米が食べられるようになったのです。そのため、ビタミンB1不足により、江戸市民の間に脚気が大流行して、多くの人が亡くなりました。

 

長州征伐の準備中に大坂城で倒れた家茂のもとに、見舞いの品として数多くのスイーツが届きました。脚気で伏せっていても、甘いもの好きの家茂はこれらを食べたため、糖分がビタミンB1の消費をさらに促す結果となり、急性心不全を起こしてしまったのです。現代なら、脚気の原因や急性心不全になるリスクも予測できますが、当時の医学では、家茂の命を救うことはできませんでした。

 

虫歯が30本もあるというと、ただの甘いもの好きにしか、聞こえないかもしれません。しかし、幼い頃から重責を担い、唯一のストレス解消が、スイーツを食べることだったのかもしれないと考えると、若くして逝った家茂が、少し気の毒に思えてきます。
 

 

 

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1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

著者紹介

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