徳川家康も愛用…日本人が入れ歯に使っていた「驚きの素材」 (※画像はイメージです/PIXTA)

天下を統一し江戸幕府を開いた徳川家康は、歯周病で悩んでいたと言われています。天下を統一し、維持するのは並大抵の苦労ではないでしょう。そのため、家康は過度のストレスから、晩年には歯がすべてなくなり、木製の入れ歯を使っていたということです。天下人家康も勝てなかった、歯周病とはどんな病気なのでしょうか。

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徳川家康と歯周病

歯周病は歯の周りに炎症を起こす病気で、歯と歯茎の間に細菌が増殖することが原因です。歯周病は、放っておくと歯が抜け落ちる厄介な病気で、最終的には家康も、木製の入れ歯に頼らざるを得なかったのでしょう。

 

人はストレスを感じると、「ノルアドレナリン」というホルモン物質が分泌されます。ノルアドレナリンは、集中力を維持するのに必要なホルモンですが、過度に分泌されると、歯周病菌の発現を促す作用があります。そのため、ストレスが多いと歯周病になりやすいのですが、おそらく家康もそうだったのでしょう。

 

ちなみに、歯周病は口の中だけの病気ではなく、さまざま全身疾患と関連していることがわかっています。たとえば、歯周病菌が原因で血管に沈殿物が溜まることによって、心疾患や脳血管障害などにつながる可能性が指摘されています。

 

また、歯周病菌は糖尿病を発症しやすく、肺炎や骨粗しょう症なども起きやすくなるなど、さまざまな弊害があります。家康は人一倍健康に関心があり、自分で薬草を煎じて飲んでいました。家康は自分亡き後に、徳川幕府の転覆を企む輩がいることを憂い、できるだけ長生きしようとしていました。つまり、可能な限り長生きして、徳川に刃向かう者を阻止したかったのでしょう。

 

家康は天下人になるまでに、何度も命を落としそうになっています。天下人になってからも、心が安らぐことはなかったでしょう。このような生活を続けていると、過度のストレスのために、健康を害するのはよくあることです。家康はストレスから歯周病になり、さまざまな全身疾患を抱えていたのかもしれません。

歯周病はサイレントキラー

東日本大震災が起きた際、口の中の衛生状態が悪化したため、唾液が減って誤嚥が増えたり、誤嚥によって肺で歯周病菌が増え、さらに健康が悪化するケースが多く見られました。このように、歯周病は決してああなどれない病気なのです。しかも、歯周病はサイレントキラーと呼ばれ、自覚症状がないまま進行していく厄介な病気です。歯を磨いていて歯茎から出血したり、歯茎が腫れたり、歯がグラグラするといった症状が出るのは、歯周病が悪化した証拠です。

 

ここまでくると、歯周病を治癒するのに、かなりの時間がかかります。そうならないために、何の症状もなくても、定期的に歯科医にかかり、歯の手入れをすることを習慣づけたいものです。歯周病は、日本人の約8割がかかっていると言われていますから、国民病と言ってもいいほどの広がりを見せています。特に中年以降の世代は、加齢によって歯茎が痩せたり、免疫力の低下などによって、歯周病にかかりやすくなっているので注意が必要です。

入れ歯は室町末期から使われていた

家康のように歯がなくなると、入れ歯を使うしかありませんが、家康の時代に入れ歯があったのでしょうか。実は、すでに木製の入れ歯がありました。しかも、木製の入れ歯は、室町末期からあったという記録が残っています。仏姫という尼僧が、木製の入れ歯を使っていたことがわかっているのです。

 

仏姫は1538年に死亡しているので、1573年まで続いた室町時代の末期には、すでに入れ歯があったことになります。当時まだヨーロッパにも入れ歯はなく、日本は世界より200年も早く入れ歯を作っていたのです。

木製の入れ歯とはどんなものか

室町末期から作られていた木製の入れ歯は、「木床義歯(もくしょうぎし)」と呼ばれています。木床義歯は、歯の生えていない上顎に、吸盤のようにくっつけて使うものです。木床義歯は、ツゲや梅、黒柿の木などで作られていました。中でも、一番義歯に適していたのはツゲの木でした。ツゲには抗菌作用があり、しかも硬くて緻密なので、入れ歯に向いていたようです。

 

ちなみに、現代の入れ歯は歯科技工士が作りますが、当時木床義歯を作っていたのは、仏師という仏像を彫る職業の人でした。おそらく、仏像を彫るかたわら、アルバイトとして義歯を作っていたのでしょう。

 

仏像も木床義歯も、木を彫る点では同じなので、仏師にとって義歯を作るのは、簡単だったと思われます。木床義歯は、木製でありながら、かなり精巧に作られていました。顎の型は、ミツバチの巣を使ってロウを精製した「密ろう」や、松ヤニを混ぜたもので取っていましたが、材料こそ違うものの、この技法は現代の入れ歯の作り方とほぼ同じです。

 

このことからも、当時の入れ歯の技術が、いかに優れていたかがわかります。木製義歯は、明治の初め頃まで使われていましたが、ヨーロッパからゴム製の入れ歯が伝わると、しだいに姿を消しました。

木製義歯に使われていた驚きの素材

木製義歯の歯の部分には、半透明で柔らかいロウ石が使われていました。しかし、木製義歯によっては、動物の骨や象牙、人間の歯も使われていたということです。人間の歯というと、一体誰の歯なのか気になりますが、それは現代人の感覚で、当時の人は何も気にしなかったようです。

 

ところで、木製義歯というと、現代の入れ歯に比べて、使いにくいというイメージがあります。確かに現代の入れ歯に比べれば、使いにくいかもしれません。しかし、口の中で当たって痛い部分があれば、少しずつ削って使いやすくしていたようですから、アフターケアもしっかりして、使いやすい入れ歯が作られていたようです。
 

 

 

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1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

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