「話が違うじゃない!」余命1週間の兄…駆けつけた妹が怒ったワケ【在宅医が見た医療の現場】 (※画像はイメージです/PIXTA)

医師の言葉を信じて、最期まで病と闘い続ける患者とその家族。20代で大腸がんの診断をうけた患者は、入退院を繰り返し、ご両親が懸命に介護されていた。「手術をしたら仕事に戻ることができる」と考えていたという。在宅医が見た医療の現場とは。※本連載は中村明澄著『「在宅死」という選択』(大和書房)より一部を抜粋し、再編集した原稿です。

息子の顔をずっと見ていたいからお家がいい

お母さまも、今までとは何か違うと感じていらっしゃったようで「この前のお話、やっぱり聞いたほうがいいのよね……」とお話しされ、私は本当の病状についてお伝えしました。

 

「あと1週間もないかもしれません。入院しても今の状態がよくなることはむずかしいと思います」

 

聞いた瞬間、お母さまは「まさかっ」と言って座り込みました。どんなにショックだったでしょう。しばらくして、立ち上がってしっかりとお伝えくださいました。

 

「やっぱり、あの子の顔をずっと見ていたいから、お家がいいわ」

 

入院せず最期まで自宅で過ごすという方針が決まりました。

 

ご両親がどんなお気持ちだったか、はかりしれません。けれども、お母さまは事実を知った瞬間に覚悟を決めたようでした。今までもずっと、心のどこかではわかっていたのかもしれません。

 

話を聞いてかけつけたJ男さんの妹さんは、開口一番にこう言いました。

 

「ぜんぜん話が違うじゃない!」

 

怒るのも当然のことです。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し「でも、言ってもらえてよかったです。そうじゃなきゃ、入院したままだったってことですもんね」とおっしゃっていました。

 

そして、J男さんに「お兄ちゃん、よかったね。もう頑張んなくていいって! 今日からお家でゆっくりしよう」

 

それから数日後、J男さんはご家族に見守られながら亡くなりました。

 

患者さんやご家族が最期の過ごし方を考えるとき、正しい病状が伝わっていないことで、本来の選択とは別の選択をしてしまうのはとても残念なことです。

 

これまで何年も治療に関わってきた医師だからこそ、伝えることへの葛藤を抱え、大切に言葉を選んだがために正しく伝わらないこともあるのかもしれません。患者さんやご家族にとっても、死が間近に迫っている事実を知らされるのは怖いでしょうし、知らなくていいのなら知りたくないと思うことでしょう。

 

しかし、事実を知ったからこそできることも、たくさんあります。つらい現実であっても、きちんと知ることで悔いの残らない最期を迎えることができます。二度と戻ってこないその貴重な時間をどう過ごすのか―あのお母さまの言葉、今でもはっきりと覚えています。

 

その一方で医療者としては、ご本人やご家族が本当のことを聞きたいかどうか、まずは慎重に聞き、本人家族の選択肢の幅を狭めることがないよう努めることも大切だと、改めて深く教わった気がします。

 

 

中村 明澄
在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医

 

 

在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医

2000年東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」、緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。緩和ケア・終末期医療に力をいれ、年間100人以上の患者の方の看取りに携わっている。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。著書に『「在宅死」という選択 納得できる最期のために』(大和書房)がある。

著者紹介

連載「在宅死」という選択で自分らしい生き方と逝き方を探る

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

中村 明澄

大和書房

コロナ禍を経て、人と人とのつながり方や死生観について、あらためて考えを巡らせている方も多いでしょう。 実際、病院では面会がほとんどできないため、自宅療養を希望する人が増えているという。 本書は、在宅医が終末期の…

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