医師のたしなみ…17文字の頭のスポーツ「俳句」にチャレンジ (※画像はイメージです/PIXTA)

俳句には、普通の人にはできない、特別な人だけの趣味というイメージがあります。しかし、俳句は誰でも作れますし、どんな俳句を詠むのも自由です。最初から上手にできなくても、思い思いの俳句を作ってみましょう。俳句はセレブのたしなみとして人気があるので、医師の方にもおすすめします。

俳句とは

俳句は自由に作れますが、いくつかの決め事があります。まず、俳句には季語が必要です。季語とは季節を表す言葉です。また、俳句は五・七・五を基本にした、17のかな文字で構成されています。わずか17文字なので、俳句は世界最短の定型詩とも呼ばれています。ちなみに、俳句と同様に五・七・五で構成されているものに、川柳があります。川柳は俳句と違って、季語がないのが特徴です。また、川柳には俳句につきものの、切れ字も使われません。季語と切れ字については、のちほど解説しましょう。

 

現在、俳句をたしなむ人は、俳句結社という俳人団体に所属している人だけでも、数百万人と言われています。どの団体にも属せず、独自に俳句を詠んでいる人を加えると、数千万人の規模になるといいますから、かなりの人が俳句に親しんでいるわけです。俳句は子供から高齢者まで楽しめて、しかもお金もかからないので、静かなブームとなっています。

俳句の歴史

俳句は鎌倉時代に始まり、室町時代に完成されたと言われており、連歌という五・七・五・七・七の上の句、「五・七・五」が独立したものです。ちなみに連歌とは、上の句を詠むと別の人が下の句を詠んで、ストーリー性のある定型詩に仕上げるという、知的センスを要求される遊びです。室町時代に一応の完成を見た俳句は、その後決まり事をなくし、俗人のたしなみとして姿を変え、俳諧と呼ばれるようになります。これは、俳句が一般庶民のレベルまで浸透した証と、見ることもできるでしょう。このこと自体は悪いことではありませんが、俳句が俗化したことによって、もともと俳句に備わっていた持ち味が、失われていくことになります。これを立て直し、もとの俳句に戻したのが、江戸時代の俳人松尾芭蕉でした。

 

芭蕉は俳句に芸術性を持たせ、ハイセンスな大人の遊びとして定着させたのです。明治時代になると、正岡子規などの活躍によって、さらに俳句に磨きがかかります。その後、俳句は時代を超えて現代まで、脈々と受け継がれてきました。俳句は、爆発的なブームが起こったことはありませんが、俳句には根強いファンが多く、センスある大人の遊びとして浸透しています。俳句は、日本語17文字で作られる、世界最短の文学ですが、今では海外でも俳句を詠む人が増えています。俳句は短くて誰でも簡単に作れることから、大学などで日本語を勉強している人を中心に、海外でも多くのファンに受け入れられているようです。

俳句の基本的な知識

上記でも少し触れましたが、俳句には季語と切れ字が必要です。季語とは、たとえば、「朝顔につるべ取られてもらい水」という俳句の場合、「朝顔」が季語に当たります。切れ字とは、「夏草やつわものどもの夢のあと」の「や」のことで、「や」のほかに、「かな」や「けり」なども用いられます。切れ字を使うことによって、文体にリズム感が出るので、俳句ではよく使われます。つまり、俳句が持つ独特の味わいは、これらの切れ字が生み出している場合が多いのです。また、書き言葉の文語体を使い、自然の情景を詠むことが多いのも、俳句の特徴と言えるでしょう。

俳句の作り方

俳句を作るには、五・七・五の基本を守り、文中に季語を入れれば、とりあえず俳句の体裁が整います。俳句は、日常の出来事や、自然界の風景などを織り込んで、17文字で描写するものです。五・七・五の17文字と季語さえ入れれば、あとは閃きだけで作れるのが、俳句の醍醐味と言えるでしょう。俳句を上手に詠むには、好きな俳人に似せて作るのも1つの方法です。有名な俳人には松尾芭蕉、与謝蕪村、小林一茶などがいます。これらの俳人の俳句を読んでみて、自分の感性とピッタリ合う俳人がいれば、その俳句を参考にするといいでしょう。

俳句界に新風を吹き込んだ正岡子規

明治時代の俳句界に、一石を投じた俳人がいます。それは正岡子規です。正岡子規は、当時詠まれていた俳句を、「月並み俳句」と呼んで批判しました。月並みとは、もともとは毎月開催される句会のことですが、そこから転じて、「月並みで何の面白みも価値もない俳句」という意味になります。当時の俳人の中には、松尾芭蕉を神様のように崇めて、俳句を詠む人が多かったので、その人たちを痛烈に批判したのが、月並み俳句という言葉だったのです。正岡子規は重度の肺結核を患い、長年闘病生活を送りながら、数多くの俳句を詠みました。

 

正岡子規はまさに、命を削るようにして俳句に挑んだのです。だから、正岡子規は当時の俳句界にはびこる、形骸化した俳人の存在が許せなかったのでしょう。結核にかかった正岡子規は、結核菌が脊椎に入り、脊椎カリエスを患います。そのため、晩年の3年間は、寝返りを打つだけでも激痛に見舞われるという、過酷な状況の中で俳句を詠み続けたのです。なにも正岡子規のように、命がけで俳句を詠む必要はありませんが、俳句にはそれほど奥深い面があるのです。

俳句をたしなむメリット

俳句は、頭のスポーツと言ってもいいでしょう。病気に苦しむ患者を前にして、失敗の許されない診断をしている医師には、俳句のようなホッとひと息つける、「遊び」の空間を持つことも必要です。

 

俳句を詠むことによってリラックスでき、しかも俳人の集まりなどに参加すれば、異業種の人たちとも交流できるので、医師におすすめの趣味と言えるでしょう。
 

 

 

 

1955年宮崎県生まれ。明治学院大学文学部英文学科卒業。システムエンジニア歴25年。フリーライター歴15年。初期の頃は雑誌など紙媒体を中心に、現在はWeb記事を中心に執筆。執筆記事数は7000本を超える。
サブカルチャー、ムック本などのほか、時事ニュースやコラム記事の執筆もある。歴史が好きで、幕末史に独自の見解を持つ。大正時代、昭和初期の歴史にも興味があり、誰も書かなかった近代史を書きたいとの構想がある。
著書:
鹿児島あるある(TOブックス)
勝手に現代風にアレンジしたことわざ辞典(三交社)

著者紹介

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