うつ、不安・緊張、対人関係の問題、依存症――近年、これらの悩みを抱える人はますます増えている。実は、それぞれに共通する原因になり得るものとして、親との関係によって築かれる「愛着」がある。ここでは、「愛着アプローチ」という手法を用いて、現代人の悩みの解決に寄与したい。※本連載は、精神科医・作家である岡田尊司氏の『愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる』(光文社新書)より一部を抜粋・再編集したものです。

支配的な親子関係の中、母親の顔色を窺うしかない娘

では、この女性が抱えている問題を、愛着モデルでとらえ直すと、どういうことになるだろうか。

 

菜穂さんの母親は、理屈っぽく知的な面では優れているが、共感能力には乏しいところがある人だった。母親には何も本当のことが話せなかったということにも示されているように、母親は、菜穂さんの安全基地としては、まったく機能していなかったのである。いつも母親の顔色を見て、合わせていたのは菜穂さんの方であった。

 

こうしたタイプの母親は、育児もすべて、自分の決められたルール通りにおこなおうとすることが多い。自分のルールに従って物事が進むことが「良い」ことであり、ルールから外れることは認められない。

 

菜穂さんは、相互的なかかわり合いの中で生まれる共感よりも、母親のルールを一方的に押し付けられ、支配されて育ったのである。いわば「母親がルール」であった。そうした場合、子どもは母親の顔色を見てそれに合わせるようになるか、それに徹底的に反抗して「悪い子」になるかである。

 

後者にはなれなかった菜穂さんは、母親に認められようと、本人なりに頑張ってきた。しかし、母親のお眼鏡にかなった兄ほどには、その成果を認めてもらうことができなかった。母親の評価や顔色を気にし、否定的なニュアンスを感じては、つねに心の中で傷ついていたのである。

 

顔色に敏感で、相手に受け入れられているかに不安が強い傾向は、菜穂さんが不安型愛着スタイルを抱えていることを示しているだろう。それは、無条件に愛してもらえず、いつ否定的な評価や拒否が返ってくるかわからない中で、身につけてしまったものに思える。

周囲の評価で自分の存在価値を決める「不安定型愛着」

不安型愛着スタイルの人は、周りが自分をどう評価するかということに自分の存在価値を左右されやすい。人目や体形を気にしやすく、身体的なコンプレックスにとらわれることも多く、社会不安障害や摂食障害にもなりやすい。人に受け入れられるために、完璧でありたいという願望も強く、一つが崩れると、何もかもがダメになったように思いがちである。そのため、うつにもなりやすい。

 

菜穂さんの心のどこかには、自分が母親からあまり評価されていないという思いが、ずっとあったに違いない。実際、母親から愛されているという実感がなかったのだ。就職が決まったときも、母親の反応は、喜ぶというよりも、厄介者が片付いたという冷ややかさがあったという。実際には菜穂さんは、「就職先をここに決めていいのだろうか」と迷っていたのだが、母親が早く決めてほしそうにするので、そこにしたのだった。

 

しかし、決めてしまった後でも、本当にその会社で良かったのか次第に不安になり、「卒業してしまったら、そこに行くしかない」という思いから動けなくなっていたのである。

 

菜穂さんが再び立ち上がって、前に進むために必要なのは、臨時の安全基地を提供するとともに、本来、安全基地となってくれる母親の機能を取り戻すことだった。そのために、本人だけでなく、母親への働きかけに力を注いだのである。

 

母親が安全基地としての役割を果たせるようになると、愛着が安定し、それとともに他の症状も消えていったのである。母親は気持ちを汲み取るのが苦手なところがあり、自分の考えにとらわれてしまい、最初は自分自身の問題を振り返ることができなかったのだが、そこが変わっていくことによって、娘との関係もまったく違うものに変化し、そのことが、娘の自立を支えることになったのである。

 

症状は、自立を前にした娘・菜穂さんの不安からきている面もあった。自立がスムーズにいくためには、突き放すよりも、本音で相談したり頼ったりすることのできる安全基地の存在が必要だったのである。不安型の人ではとくに、自立が大きな試練となる。そこをうまく乗り切るためにも、安全基地の存在が重要なのである。

母親が「安全基地」としての役割を果たす効果とは…

菜穂さんのケースで、問題の根底にあったのは、母親が安全基地としてうまく機能しておらず、それが不安定な愛着を生み出し、その後の危機を準備していたということである。そこに就職や自立という課題が迫ってきたとき、菜穂さんは、バランスをとり切れなくなって、ついに、さまざまな症状を表面に出すようになったのである。

 

それらの症状は、問題の本体というよりも、母親が安全基地として機能しないことから始まる負の連鎖が行きつくところまで行き、とうとう耐え切れずに、堤防が決壊してしまったようなものであり、問題の最終結果として起きたことであった。それゆえ、そこだけを修復しようとしても、川上から次々と押し寄せてくる問題の源を改善しない限り、うまくいかないし、やっと治ったと思っても、また同じことが起きてしまうのである。

 

結局、回復のカギを握ったのは、おおもとにある問題の解決、つまり母親が安全基地としての機能を取り戻せるように母親に働きかけることであった。その間、母親が娘を支えられない分を、医師やカウンセラーが臨時の安全基地となって、本人をバックアップする必要があった。

 

本人の臨時の安全基地となることは、前に述べた「愛着安定化アプローチ」であり、母親に働きかけて、本人と母親との関係が安定したものになるように働きかけることは、「愛着修復的アプローチ」だといえるだろう。どちらも大切だが、うまくいくと、後者の方がより強力な改善効果を発揮する。

 

※なお、本文に登場するケースは、実際のケースをヒントに再構成したもので、特定のケースとは無関係であることをお断りしておく。

 

岡田 尊司

精神科医、作家

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

愛着障害の克服 「愛着アプローチ」で、人は変われる

岡田 尊司

光文社

幼いころに親との間で安定した愛着を築けないことで起こる愛着障害は、子どものときだけでなく大人になった後も、心身の不調や対人関係の困難、生きづらさとなってその人を苦しめ続ける。 本書では、愛着研究の第一人者であ…

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