(写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、ニッセイ基礎研究所が2021年7月9日に公開したレポートを転載したものです。

3―日本での寄付と幸福度の因果関係を捉えた実験

これまで紹介してきたように、利他的行動が幸福度を高めるという因果関係は、経済状況や年齢に関係なく確認されてきているが、それぞれの実験は数十人の参加者による小規模なものがほとんどであり、より一般化して捉えるためには大規模な実験が必要であろう。

 

また、日本でも同様の傾向がみられるのかを検証することも重要と考えられる。こうした課題に取り組むため、ニッセイ基礎研究所では、寄付と幸福度の因果関係を捉えるための、WEB調査を用いた大規模な実験を行った。以降はその調査の概要と結果について紹介する。

 

1.調査概要

 

本調査は、2020年の3月にWEBアンケートによって実施した。回答は、全国の20~69歳の男女7を対象に、全国6地区の調査対象者の性別・年齢階層別(10歳ごと)の分布を、平成31年1月の住民基本台帳の分布に合わせて収集された。回答数の合計は1,658件である。

7 マイボイスコム株式会社のモニター会員

 

2.実験の設計

 

調査には、寄付の幸福度への影響を捉えるためのランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)を取り入れた。

 

RCTとは、研究参加者を研究者がランダムに複数のグループに分け、それぞれのグループに異なる介入を行うことによって比較し、それぞれの介入の効果を検証するものである。参加者をランダムにいくつかのグループに分けることによって、それぞれのグループのもともとの特徴が同質であることを担保することができるため、因果関係を検証するために有効な方法である。

 

私たちの行ったRCTは図表1のように、3つのステップで構成されている。まず、ステップ1として、介入を行う前の全員の幸福度の値を測定する。この際の幸福度の把握には、「現在、あなたはどの程度幸せですか。「とても幸せ」を10点、「とても不幸」を0点とすると、何点くらいになると思いますか。」という11段階の選択式質問を用いた。

 

そして、ステップ2として、ボーナスポイント(100円相当)が当たるかもしれないくじ引きを行う旨を説明した上で、参加者をランダムに「当選」「その他(寄付)」「落選」の3つのグループに振り分け、それぞれ以下のように表示した(ランダムな振り分けの結果、1,658名の参加者中、534名が「当選」、560名が「その他(寄付)」、564名が「落選」に割り当てられた)。

 

【当選】

 

調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたが当選したボーナスポイント(100円相当)は、あなたのポイント口座に、後日付与させて頂きます。

 

【その他】

 

調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたのご協力に対するボーナスポイント(100円相当)は、あなたが選択いただいた機関に弊社から責任を持って寄付をさせて頂きます。寄付先を1つ選択してください。(日本赤十字社、日本ユニセフ協会、パラリンピックスポーツ日本代表の活動、令和元年台風19号の被災自治体から選択)

 

【落選】

 

調査にご協力頂き、誠にありがとうございます。あなたはボーナスポイント(100円相当)に落選しました。

 

その後、3ステップ目として、くじの結果が分かった後の幸福度を把握するため、再度、1ステップ目と同じ11段階の幸福度の質問に回答頂いた。

 

[図表1]ランダム化比較試験の設計
[図表1]ランダム化比較試験の設計

 

3.実験の結果

 

まず、3つのグループのそれぞれのくじの結果が表示される前の幸福度の平均は、図表2の通りである。介入前の幸福度は、「当選」、「寄付」、「落選」のどのグループでもほとんど同じで、ランダムな振り分けが成功していることが確認できる。

 

さらに、ステップ3としてくじの結果が掲示された後の幸福度の分布は図表3の通りである。「当選」のグループと「寄付」のグループに比べて、「落選」のグループの幸福度が低い傾向があることが分かる。また、「当選」のグループと寄付のグループを比べると、「寄付」のグループの方が少しだけ幸福度が高い傾向がみられる。

 

さらに、介入後の幸福度を被説明変数とした、最小二乗法(OLS)による推計でも、当選した人に比べて、寄付をした人の方が幸福度が高く、落選の人の幸福度が低い傾向があることが確認された。

 

[図表2]介入前の幸福度
[図表2]介入前の幸福度

 

[図表3]介入後の幸福度

[図表3]介入後の幸福度

 

コントロール変数を追加した確認などの詳細な分析は今後の課題だが、これらの結果は、100円を自分がもらうことによって上がる幸福度よりも、その100円を誰かにあげることによって得られる幸福度の方が大きいという意味で、利他的行動が幸福度を高める可能性を示唆するものである。

 

また、この実験では、介入前の幸福度に比べて、介入後の幸福度が、「当選」のグループでも下がっているが、この理由として考えられるのは、介入前の幸福度は、くじ引きの画面が表示される直前ではなく、その他にも様々な項目を含んだアンケート調査の始めの方に組み込まれていたことである。

 

このアンケート調査は60問程度という多くの質問を含むものであるため、介入までの間に調査疲れによって、幸福度が下がった可能性が考えられる。

 

また、利他的行動は、強制された際よりも自ら行った際の方が幸福度を高めると言われている8

8 Aknin et al.(2019)

 

その点で、この実験での寄付、つまり利他的行動は強制されたものになっており、自らの意思で寄付を行った際には、さらに大きな幸福度を高める効果が期待できる可能性がある。

4―おわりに

本稿では、利他的行動について、これまで行われてきた様々な因果関係の検証と、ニッセイ基礎研究所が行った日本での大規模実験による検証結果を紹介した。これらの研究結果は、対象や方法など様々な点で異なるものの、一貫して、利他的な行動はその人自身を幸福にするという傾向が示されてきている。

 

しかし一方で、この利他的行動の幸福度への効果は短期的で、長期的に見ると負の影響がある可能性があることを示唆する研究も発表されている9

9 Falk&Graeber(2020)

 

今後、こうした利他的行動の長期的な影響に関する検証や、利他的行動と幸福度の関係についてのメカニズムがさらに検証されていくことによって、利他的行動と幸福度についての理解が深まり、より幸福度の高い社会の構築に繋がっていくことが期待される。

 

 

岩﨑 敬子

ニッセイ基礎研究所

 

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