スタッフに嘘をついてまで向かった先は…?
数日後。
「あ、社長。田中さん、いま着替えてます。今日は難波店に行くって言ってます」
田中さんが店を出ると言ったときには携帯電話に連絡してほしいと、佐山さんにお願いしていた。筆者はいつものように珈琲店で実務作業をやっていたが、電話を受けて、立ち上がった。天六店は目と鼻の先にある。筆者は急いで店を出ると、大通りを渡って、通りを挟んで天六店の斜め前にある店の看板の影に隠れた。
何か事情があるのか。変なトラブルに巻き込まれたとか? そういえば最近は忙しくて彼とはあまり話ができていなかったか……。
看板の裏であれこれ妄想していると、ほどなく階段を下りてくる田中さんの姿が見えた。
彼がどこへ行くのか自分の目で確かめたかった。10メートルほど離れて後をつけるが、彼は全く気づいていない。地下鉄に乗って、梅田で降りて……。少なくとも難波店には向かっていない。
向かってくる人の流れを避けながら、見失わないように賑わう街の中を進んでいく。
そして。田中さんは歓楽街の中の、ある飲食店の中に入っていった。
ただのサボリか? 自分の見た光景を信じられず、筆者は対応を考えあぐねていた。
でも、このまま放置するわけにはいかない。
筆者は田中さんを珈琲店に呼び出して事情を聴くことにした。少なくともスタッフに嘘をついて店を抜けていたのは事実だ。
田中さんは素直に自分の非を認めて謝ってくれた。知り合いに呼び出されて、つい嘘をついてサボってしまったのだと。店の売上金の話は確証がなかったので証拠を突きつけることはできなかったが、管理者が嘘をつくと、もっと何か不正をやってるんじゃないかと噂も広まるし、みんな見ているから注意してほしい、と。声を荒立てたわけではなかったが、いつもとは違う筆者の口調に、田中さんはうつむいてしばらく黙ったままだった。うつむいた田中さんは泣いていた。
「すみません、許してください……。許してください」
田中さんはぼろぼろ泣きながら謝った。何度もきれぎれに「許してください」と言った。これくらい反省してくれたのなら、もし今までに何か不正があったとしても、もうこれでこの話は終わるだろう。彼は不正を続けるような人間ではない。筆者は田中さんを信じていた。
山下 拓馬
OXY株式会社 代表取締役
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