(※写真はイメージです/PIXTA)

東日本大震災の大混乱のなか、中小企業家同友会の東北地方の会員の間で「社員を解雇するな。われわれが応援するから」というFAXやメールが飛び交ったという。この呼びかけはどのようにして生まれたのか。同友会の「連帯意識の強さ」、危機に立ち向かう「経営者の強靭さ」を被災地同友会の当時の活動から検証していく。※本連載は、清丸惠三郎氏の著書『「小さな会社の「最強経営」』(プレジデント社)より一部を抜粋・再編集したものです。

「みんな困っている。早く帰ってこい」

相双地区の会長は高橋氏から、相馬ガスを経営する渋佐克之氏へとバトンタッチされている。相馬ガスは南相馬市での都市ガス供給、その北の相馬市などでのLPガス事業、両市と近隣でのガソリンスタンド経営などを主業としている。渋佐氏は地域のライフラインを守ろうとの考えから、震災後も地元に残った。

 

その経営姿勢に共感、ライフラインを守らなければとの使命感もあり、また放射能汚染から若い人を守らなければ地域の存続が難しいとの認識もあって、グループで50人ほどいる社員の中から、年配の人を中心に10人ほどが自発的に残ってくれたという。経営指針が社員に浸透していることを窺わせる話だ。こうした社員の働きもあり、南相馬近辺のエネルギー関連のライフラインは大きな問題なく維持運営された。

 

この2人に加え、相双地区の同友会員を強力にリードしてきたのが、南相馬から宮城県南部に至る地域に15店舗のスーパーマーケット「フレスコ」チェーンを展開するキクチ会長(現・フレスコ会長)の菊地逸夫氏である。

 

「相双地区の会員は、震災の前に全員同報メールを備えていた。そのため被災直後にもかかわらず全員の居場所が把握できたのです。震災後、私は南相馬のゴミ収集を請け負っていた経営者に『いま、どこにいるのか』と尋ねたところ『新潟にいる』という。『町中がゴミだらけだ。帰ってきて頑張ってほしい』と折り返しメールした。ガソリンスタンド経営者は長野へ避難していた。『ガソリンが手に入らず、みんな困っている。早く帰ってこい』と。もちろん2人とも、すぐに帰ってきてくれました。

 

われわれのような中小企業は、地元に本社を置いています。それがよそに移れば、その仕事をする人がおらず、地域の人も、働く人も困るのです。その点この地区の会員は意識が高く、自分たちが地域でなすべき役割をよく知っていて、連絡すると皆さん帰ってきてくれましたね」

 

菊地氏の経営者間での人望、リーダーシップが窺える話だ。同友会の理念が個々の経営者に浸透していたのだともいえるだろう。キクチ社内を見ても、それは同様だ。地震発生時、菊地氏は東京に向かう東北新幹線の車中にいて、栃木県内で動きが取れない状態に陥っていた。

 

「物流センターが津波で流されたほか、当時、9店舗あったチェーンのうち、1店舗は今に至るも再開できていません。ただ残ったうち1店舗がその日のうちに営業を再開、再開できない店でも店長判断で惣菜のお弁当等を近所に配り、なかには翌日、損傷の少ない商品を避難所や自衛隊の駐屯地に運んだ店長もいました」という。

 

経営理念の一つに「地域に貢献できる人財が共に育つ企業であること」を掲げ、日ごろから信頼関係を醸成し、社員教育に心を配ってきた賜物だろう。

 

その後、キクチは福島県側の5店舗を順次再開するとともに、宮城県南部に積極的に新規出店し、震災前の9店舗を15店舗にまで増やしている。なおかつ菊地氏は14年10月、東北地方の同業4社と持ち株会社マークスホールディングスの下での経営統合に踏み切り、社長に就任した。

 

急激な人口減、激化する大手流通との競合といった環境下で、地域のために、働く従業員のために、ということで決断したのだと菊地氏は語る。震災直後、社員の一部解雇、再雇用と意に反した行動を取らざるを得なかった苦い思いが残るからこそ、積極攻勢に出ているのであろう。

 

日本全体で見ると30年後に来るはずの人口減などの諸問題が、この地方でははるかに早くやってきた。それでも逃げずに、同友会の諸原則を胸に叩き込み、「地域とともに、従業員とともに」を掲げ、全知全能を傾ける経営者が一人ここにいる。

 

 

清丸 惠三郎
ジャーナリスト
出版・編集プロデューサー

 

 

※初出:清丸惠三郎著『小さな会社の「最強経営」』(プレジデント社、2019年10月11日刊)、肩書等は掲載時のまま。

小さな会社の「最強経営」

小さな会社の「最強経営」

清丸 惠三郎

プレジデント社

4万6千人を超える中小企業の経営者で構成される中小企業家同友会。 南は沖縄から北は北海道まで全国津々浦々に支部を持ち、未来工業、サイゼリヤ、やずや、など多くのユニークな企業を輩出し、いまなお会員数を増やし続けて…

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