こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

影響を受けた日本人、柄谷行人の「交換モデルX」

柄谷行人の「交換モデルX」から受けた大きな影響

 

私が現在興味を持っていることの一つは、日本の哲学者であり文芸評論家でもある柄谷行人さんが唱えている「交換モデルX」をデジタルの力で実現できないだろうかということです。

 

私は柄谷さんの思想に強い影響を受けています。たとえば、『トランスクリティーク カントとマルクス』は、カントの視点からマルクスを、マルクスの視点からカントを見たものですが、私に大きな影響を与えた作品です。

 

彼は多くの考えを持っていて、とくに『トランスクリティーク』に続いて刊行された『世界史の構造』などに出てくる「交換モデルX」という概念は、間違いなく私に大きな影響を与えています。

 

少し説明すると、柄谷さんが言っている交換モデルXとは、家庭のような無償の関係の交換モデルA、上司と部下のような上下関係のB、政府内部あるいは不特定多数の人たちが対価で交換する市場のような関係のC、これら三種類に属さない四つ目の交換モデルを指しています。これは開放的な方法で、不特定多数の人々を対象としつつ、「家族のように何か手伝いを必要とすれば、見返りを求めずに助ける」という交換モデルです。

 

 

2014年と2015年に台湾でイベントがあり、柄谷さんとお会いする機会がありました。話をしていて、私たちの視点が似ていたことがとてもうれしかったのですが、柄谷さんが彼自身の角度からこれまでの哲学者について整理してくれたのは、私にはとても参考になりました。

 

柄谷さんの交換モデルに関する基本的な考え方というのは、次のようなものです。

 

「交換」ということを考えるとき、二つの方向性があります。一つは知り合いと交換するか、見知らぬ人と交換するかという方向性であり、もう一つは交換の中で見返りの関係になるかどうかという方向性です。見返りの関係とは、相手から何かもらうことで自分も相手に与えるような等価交換の関係です。見返りの関係にならない交換には、無償で交換するとか、自由に分け合うというパターンがあります。すると、次のように二つの方向性で四種類の交換モデルが生まれることになります。

 

Ⓐ知り合いと見返りの関係になって交換するパターン
Ⓑ知り合いと見返りの関係にならずに交換するパターン
Ⓒ見知らぬ人と見返りの関係になって交換するパターン
Ⓓ見知らぬ人と見返りの関係にならずに交換するパターン

 

たとえば、「知り合いとしか交換しないけれど、自由に交換する」(前記のⒷ)というのは、家族です。家族であれば間違いなくお互いを知っていますし、助けが必要となれば手を差し伸べるでしょう。このパターンは、「助けてあげるから、あとで見返りを求める」という関係ではありません。その点でクローズドな交換ですが、対価のない交換です。

 

同じように「クローズドなモデルだけれど、見返りのある」交換もあります(前記のⒶ)。それは国家や政府のようなものを考えればいいでしょう。納税をすることによって国家や政府は私たちにインフラやサービスなどを交換で提供します。これは従来までの国家の概念で、この交換システムに参加できるのは、国民あるいは市民という知り合いに限られることになります。

 

次に「不特定の会ったこともない人と見返りを伴って交換する」パターン(前記のⒸ)ですが、これは市場を考えるとわかりやすいでしょう。あなたがもし何かを売ろうと店を開くと、相手が国民だろうと家族だろうと、お金を持って買いに来た場合、商品を売るでしょう。

 

この場合、ある種のオープンな交換になります。

 

そこで柄谷さんは問いかけます。不特定の人に対価を求めるわけではなく、無償で分け与えたいとすると、これはどんなモデルだろうか。これは「オープンで、かつ無償の交換を行う」というパターンですが、このモデルには名前が存在しません。柄谷さんはこれをXと名づけました。これが交換のXモデルです(前記のⒹ)。

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