「社員は不安のどん底」……。1980年の創業以来、石油ボイラーの販売を手掛けてきた長府工産。市場の変化に耐えられず、業績は低迷、退職者も続出していた。倒産寸前の同社が立て直しのために呼んだのは、「私は退きます」と、2年ほど前に会社を去っていた元専務の伊奈紀道氏。同氏の経営手腕はいかほどだったのか。ノンフィクション作家である神山典士が取材した。

「おかしいだろう」若手社員とベテラン社員の不公平

会社が低迷している時に入社した若手社員は、評価は高くても給料は上がっていなかった。会社の業績がいい時に入社した社員はあまり働かなくても給料は上がるのに、その逆で上がらないのは不公平だ。伸び盛りの人材なのにそれはおかしい。そういういびつさをなくすために、伊奈は黒字回復とともにそれまで抑えていた給料を上げたのだ。

 

伊奈が手を付けたのはそれだけではない。とにかく社内制度や内規等のありとあらゆるものを改革の対象とした。昭和55年から毎年社内の出来事を書きつけている古びた備忘録のメモ帳をしげしげと見ながら、井村がさらにこう語る。

 

「私の記録によれば、伊奈さんは社長に就任してから62もの改革をやっています。給与体系を明確にすること。完全週休2日にすること。そういう大きな改革に始まって小さなものまで、とにかく社員の福利厚生に関するものはすべて俎上に載せました。週休2日制も準備したらできると言って、いきなりやり始めました。勤務時間も、当時横浜支店は8時開始だったので、7時30分頃に会社に出社しなければならず、『早すぎる』と不満がありました。下関の本社の感覚でいったら、サマータイムで6時半から出社しているような感じでした。だから横浜だけは8時45分始業にしました。今は全社そうなっています。とにかくそっちのほうがいいと思ったらぱっと変える。そういう決断は早いんです」

 

さらに2007年には、性差が残る条項にも手を付けて、社内制度のすべてを男女均等に改めた。

 

「それ以前は女性工員さんの給与体系は男性と違っていました。それを同じ給与体系にして、その代わり工場内では同じ仕事をしてもらう。もちろん妊娠や育児のような事情があれば別ですが、基本的には同じことをやってもらう。そうやって何年かかけて、溶接作業とか難しい職種もやれる女性が出てきました。もちろん男女では腕力や体力は違いますから、力を使わなくても働けるように道具を使ったり工程を変えたりして仕事を改善しています。産前産後の休暇や出産後一年間の育児休暇が確保され、その後の条件なしの復帰も可能になりました。出産や育児面ではかなりしっかりした制度になっています」

 

日本の労働市場では、「男女雇用機会均等法」の制定は1985年のこと。その施行は1986年だった。この段階では募集、採用、配置、昇進、福利厚生、退職、解雇といった制度で男女の性差があってはいけないというレベルで、女性の大きな役割である妊娠、出産、育児といった期間における企業の手当てや支援にまでは法律の範囲は及んでいなかった。

 

やっと「女性の妊娠、出産等に関するハラスメント防止措置の適切かつ有効な実施を図る」ための指針が交付されたのは2016年のこと。そこから日本の労働市場も母性の存在を認めたわけだが、伊奈はその8年も前から、時代の先取りをしていたことになる。

 

改革の全貌
改革の全貌

 

 

神山 典士

ノンフィクション作家

 

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