晩年になると多くの方が抱える悩みの一つが「相続」です。最近では、個人で相続対策をする人も増えていますが、よかれと思って取った対策が税務調査で指摘されるケースもあります。そこで今回は、「生前贈与」で注意すべきことについて、3つの事例を使って税理士法人グランサーズの共同代表である黒瀧泰介税理士が解説します。

事例③:「海外の預金口座開設」に潜む税金リスク

2020年はコロナ禍のため海外渡航ができないため、相談が減少しましたが、それ以前はHSBCを始め、海外口座を開設をする人は毎年増加の一途を辿っていました。

 

海外口座の特徴の一つに、「ジョイント・アカウント」というものがあります。ジョイント・アカウントとは、2名以上で1つの銀行口座を共同所有できるシステムです。夫婦で作成する口座が一般的ですが、家族に限らず、友人や知人でも作成することが可能です。

 

共同名義者のいずれか一方のみのサインで預金引出ができるように設定することができるため、仮に、夫の給与がこの口座に振り込まれることになっている場合、妻はこの口座から自由に生活費として引き出すことができます。

 

また、名義者の一方に相続が起きた際にも、生存者権利取得口座(Survivorship Account)にしておくと、プロベートとよばれる裁判所の監視下で行われる遺産分割・相続手続きを経ずに、もう一方の名義人に口座が引き継がせることができます。

 

残念ながら日本の銀行では共同名義口座が禁止されているため、ジョイント・アカウントを作成することができませんが、このジョイント・アカウントを巡って、過去に日本の裁判所で、私法上の相続財産にあたるかどうか争われたことがありました。

 

平成26年11月20日に東京高裁から出された判例で、ジョイント・アカウントの財産は、相続税の課税対象にはなるが、私法上の相続財産に該当しない、という判断が下されました。

 

このケースでは、被相続人は、不動産と金融資産の10分の4を妻に、金融資産の10分の6を先妻の子に相続させる旨の公正証書遺言を作成していました。しかし、被相続人が亡くなり、相続が発生した際、ハワイ州にあった被相続人と妻とのジョイント・アカウントが、相続財産の対象として遺言の記載通りに分割すべきか否かを巡って裁判になりました。

 

東京高裁の判断は、次の通りです。

 

・被相続人は日本人のため相続の準拠法は日本になるが、個別の財産の相続の客体になり得るか否かについては、その財産に内在する権利関係を取り扱う法律行為の成立および効力の準拠法により判断すべきである。

・バンクオブハワイとの預金契約では、預金口座の所在する地の法律、つまりハワイ州法によると定められているため、その財産の権利関係はハワイ州法により判断すべきである。

・ハワイ州法によると、ジョイント・アカウントは共同名義人の一人の死亡により、自動的に生存名義人がその財産を所有することになり、死亡名義人の遺産を構成しないことが明示されているため、相続財産を構成しない。

 

よくあるご相談に、「ジョイント・アカウントにしておけば、相続税がかからないのですよね?」というものがあります。しかし、実際には先の判例の通り、相続税の課税対象にならないとは判断されていません。

 

相談に来た方の声によると、海外口座の開設コンサルタントから、「ジョイント・アカウントは相続の対象にはなりません」と説明されているようです。これを、「相続税の対象にならない」と誤った受け取り方をしているケースが多いようです。

 

判例の理解と説明が不十分なことに起因する誤解の一種だと思いますが、相続税の対象にならないというのは誤った認識です。ジョイント・アカウントにおける相続税の取り扱いは、その口座の資金源を拠出していた名義人、管理及び支配をしていた名義人が死亡した場合、その拠出割合相当額が日本の相続税の対象財産となります。

 

なお、ジョイント・アカウントにおける生前の贈与税は、ジョイント・アカウントから贈与税にあたる規模の出金が行われたタイミングで課税されます。ただし、夫の収入がジョイント・アカウントに入金されており、そこから妻が通常の日常生活に必要な生活費を出金しているような場合には、贈与税の非課税財産となるため、日本では贈与税が課税されません(相続税法21条の3)。

 

実際には、妻がジョイント・アカウントから出金して高額な商品を購入した場合や、ジョイント・アカウントから妻名義の銀行口座へ資金移動したような場合に贈与税が課税される可能性が高いです。

 

■まとめ

名義預金が事実認定されるのは、相続税の税務調査のときになります。税務調査さえなければ、税金を払わずに済むと考える人も多数いると思いますが、なかなかそうは上手くいかないものです。

 

また、税務調査は、調査官が口座チェックを実施してから行われます。被相続人だけではなく、相続人の口座もチェックされている可能性は高いです。一概にいくらというのはないのですが、100万円以上の資金移動が頻繁にある場合は、税務調査時に名義預金の存在を疑われやすいので気をつけましょう。

 

今回取り上げた事例は、いずれも夫や父が家族のためによかれと思い、ご自身で色々勉強して動いた結果、落とし穴が待ち構えているというものでした。

 

お金を増やすには、当然ですが、お金に対する勉強が必須になります。そして、その勉強は日本という枠を超えて世界で運用するということも増えてきました。海外での資産運用はとても魅力的ですが、まだまだ知識やノウハウも定着しておらず、先ほどのジョイント・アカウントのように言葉足らずな説明がされることも多いのが実情です。

 

資産運用のみならず、一族としての「お金」をいかに保全していくか、「資産保全」をキーワードとし、まずは家族へのお金の渡し方を勉強してみてはいかがでしょうか。無知はコスト、知識は予防です。

 

黒瀧 泰介

税理士法人グランサーズ共同代表 公認会計士・税理士

 

 

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