日本の中小企業では「後継者不足」が問題になっており、「事業承継」は有効な対策の一つです。今回は、先代社長の急逝後、若くして新社長に就任した娘婿が社内を混乱させた失敗例から、事業承継を成功に導くヒントを解説します。※本連載は、中野公認会計士事務所の著書『失敗しない理由がある 事業承継の成功例失敗例』(中央経済社)より一部を抜粋・再編集したものです。

公認会計士からのアドバイス4つ

●準備期間・早すぎた登用

事業承継において、経営に必要な能力やスキルを身に付けたり、従業員の信頼を得るには、相当の準備期間が必要です。特に中小同族企業においては、取引関係やノウハウが経営者個人に集中しているため、これら無形の経営資源を、短期間に円滑に承継するには無理があります。

 

また、親族とはいいながら、娘婿は元々他人であるため、親子であれば生活環境の中で自然と身に付いたであろう一族の物事の進め方、考え方、しきたり等の習慣や、その延長として、企業精神、理念などの会社の本質的な部分を、十分理解できていない可能性があります。

 

一般的に、代表を現経営者の親族が継承する場合は、内外の関係者からも心情的に受け入れられやすいものですが、血の繫りのない娘婿が後継者となった場合、準備を怠ると不安や嫉妬がふくらみ、会社経営は一気に不安定になります。特に綾部建設のケースは、娘婿が従業員であったことがマイナスに作用し、分裂状態に陥ってしまいました。

 

承継のための準備期間というのは、後継者のためだけでなく、他の役員や従業員のための心理的な受入れ時間も含んだ期間としても実は重要なのです。

 

なぜ直系親族ではなく、娘婿が代表者として事業承継したのか。直系男子に恵まれなかった、直系男子がいても事業を継ぐに値する魅力を感じなかった、その能力が欠如していた、親子不仲であったなど、理由はさまざまです。

 

いずれにしても娘婿が代表者になるということは、本人の能力もさることながら、実子が承継する以上に周囲の納得感を醸成する時間や労力がかかることを忘れてはなりません。

 

●会社が順調な時のほうが逆に注意が必要

会社の業績や財政状態が良いときは、業績が悪いときよりも注意が必要です。今以上の成果をあげなければならないプレッシャーを感じて空回りする危険性があり、また、財政状態が良いと慢心が生まれます。安定時は娘婿が求心力を持つのは難しく、時間をかけて慎重に信頼関係の構築を心掛けるべきなのです。

 

むしろ、業績が悪い、それも会社存続の危機のような状況のほうが、娘婿にとっては再生という大きな目標に向けて一致団結でき、その成果によって求心力が生まれる大きなチャンスになります。

 

おそらく、先代は少し早いぐらいのタイミングで、娘婿に権限とポストを与えたうえで、自身は長期間にわたり並走するつもりでいたのでしょう。もう少し元気で会社における影響力を維持できていたならば、その影響下で後継者の育成及び幹部の有効な配置を実行し、計画的な事業承継を行うことができたかもしれません。

 

●娘を後継者に

娘婿という立場で、しかも落下傘でいきなり後継者が現れた場合、他の役員、従業員は心理的にも受け入れにくいでしょう。

 

そこで経営には素人である娘をあえて社長にし、サポート役として娘婿を就かせます。無用の波風を立たせないようにいきなり役員には就任させないなど、細心の注意を払わなければなりません。いくら娘婿が経営の能力に長けていたとしても、周りの協力なくしては健全な経営はありえません。

 

少子化であることを背景に「後継者は男性」という従来の考え方は行き詰まっています。能力に長けていれば性別は関係なく、実際には先代よりも事業を拡大させる例もあり、初めから後継者候補に娘も加えることで選択肢は広がるでしょう。

 

創業者の娘が経営を学ぶ意欲が湧くのか、それとも本当にお飾りとなってしまうか、会社に入ること自体納得するのかハードルは高そうですが、直系である娘が継ぐことで、周囲が納得して受け入れてもらいやすい可能性はあります。

 

娘を幼少の頃から後継者として考えていたとしたら、もっとスムーズに代表を継承できていたのかもしれません。成否の鍵は娘婿の包容力いかんです。

 

●次期社長としての焦りとプレッシャー

企業を統率するリーダーには求心力が必要です。求心力とは確固たる信念、構想力、将来展望が従業員の心を摑み、力を与え、働くことに意義をもたらせることだと思います。

 

しかし、競争環境が複雑化するなかで企業が拡大成長するには、遠心力として事業機会を見つけたり、積極的に経営革新を行う外向きの実行力も、必要不可欠です。

 

ただ、遠心力ばかりが働けば、組織・企業はまとまりを失い、空中分解してしまいます。求心力と遠心力は表裏一体であり、どちらのバランスを崩しても中心である核を維持することはできません。

 

遠心力がどんどん増すごとに、比例して求心力も増していくのが理想であり、言い換えれば、遠心力を思い切って働かせることができるだけの求心力を持つことが経営者には重要なのです。

 

中野公認会計士事務所

 

 

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失敗しない理由がある 事業承継の成功例失敗例

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中野公認会計士事務所

中央経済社

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