麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

 

初診から約二週間後に痰をつまらせたようで、一時的な低酸素状態が出現し、私たちは在宅酸素療法(HOT:home oxygen therapy)の導入を提案しました。HOT用の機器を家に搬入する必要があるのですが、当然了解が得られると思っている私たちに対して、奥さんや娘さんは「そんな機器を使うくらいなら、入院させてもらえませんか」と言い、結局HOTの導入は保留となってしまいました。

 

いられるかぎり家にいたいという鈴木さんの希望は変わらず、「家にいられるならデイサービスをもう一日増やしてもよい」と鈴木さんは主張します。一方奥さんは、鈴木さんが夜中に冷蔵庫まで行こうとして歩行器をぶつけてガラスを割ってしまい、「片付けが本当に大変だった」と、それぞれが自分の都合を前面に出して互いに引き下がりません。

おむつ着用拒否の鈴木さん「病人の意見が最優先!」

HOTの導入話をきっかけに、この家族の事情が現れはじめました。

 

そうしている間にも鈴木さんの病状は進み、初診から約一カ月後には鈴木さんはトイレに行けなくなりました。しかし鈴木さんはおむつを拒否し、ベッドや床は排泄物で汚れてしまうようになりました。家族の負担を軽くするため、鈴木さんにおむつを着けるように頼んでも「病人の言うことは聞いてもらわんと……」と言って憚りません。

 

今度は娘さんが「何とか入院させられませんか」と言います。本人の意思を最優先するのが私たちのスタンスであり、本人を無視して入院させるわけにはいかないので、「とにかく家族でしっかり話し合ってください」と私たちは答えるしかありません。

「だましてでも入院させられないか」家族の切なる願い

その数日後、看病に疲弊した家族から「だましてでも入院させられないか」との発言がありました。それでも鈴木さんは「入院しない!!」の一点張りです。鈴木さんと家族の間に入り、私たちは当惑するしかありません。そしてその翌日、それまで何とか正常に保たれていた血液の酸素飽和度が90パーセントを切り、低酸素血症が著明となりました。当然HOTはまだ導入されていません。

 

強制的なHOT導入をこちらが考えはじめた矢先でした。本人から「入院してもええから……」との発言があったのです。おそらく相当苦しかったに違いありません。

 

今までさんざん振り回されたことも忘れて、自分の希望が結局かなえられなかった鈴木さんを悲しく思いながら、病院への救急搬送の手配をしました。

 

鈴木さんは、搬送から一〇日後に病院で旅立ちました。初診から約六週間のかかわりでした。

 

 

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矢野 博文

 

1957年7月徳島市生まれ。1982年川崎医科大学を卒業。以後病院で麻酔科医として勤務。2005年3月よりたんぽぽクリニックで在宅医療に取り組む。

 

 

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    本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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    鬼木 一直

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