NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。女優復帰を果たした千栄子は映画や舞台への出演依頼も相次ぐようになる。小津安二郎監督の『彼岸花』、黒澤明監督の『蜘蛛の巣城』、内田吐夢監督の『宮本武蔵』等々、日本を代表する巨匠たちの作品に出演者として名を連ね、映画に欠かせない存在となっていく。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

「日本一のいいせがれ」緒形拳をわが子のように

昭和39年(1964)には東京オリンピックが開催されて、開会式の直前には東海道新幹線も開業する。

 

千栄子はこの翌年1月から放送されるNHK大河ドラマ『太閤記』に出演が決まり、開業から間もない新幹線を頻繁に利用して、京都の自宅から東京の撮影スタジオを行き来していた。当時の京都さ東京間は所要3時間30分。冷暖房完備の快適なシートに揺られながら、ひと眠りする間もなく着いてしまう。

 

松竹新喜劇に在籍していた戦前や終戦直後の頃は、満員の夜行列車に一昼夜、立ちっぱなしで揺られて東京公演に出かけたものだ。所要時間は9時間といわれていたが、何ごともなく時間通りに着くことはまれだった。その道中の苦行がいまも思い出される。

 

『太閤記』で秀吉を演じたのは、この頃はまだ28歳の若手俳優だった緒形拳。「あいつの顔はサルに似ている」と、プロデューサーから気に入られて、主役に抜擢されたというエピソードがある。

 

秀吉の母親である大政所役の千栄子は、緒形とからむシーンが多かった。この若い俳優の型にはまらない演技に素質を感じ、人柄にも好感を抱くようになる。いずれはこの世界を背負って立つ存在になると期待を寄せていた。

 

「日本一のいいせがれを持ったと、緒形拳さんを、自慢せずにはいられません」

 

『水のように』のなかでも、緒形を我が子のように褒めたたえている。

 

年齢を重ねるほどに、子がいない寂しさが身にしみてくる。多くのドラマで母親役となり息子や娘とのふれあいを演じてきたが、時には本当の我が子のように錯覚することがある。その錯覚がまたリアリティーのある演技にも通ずるのだが。

 

しかし、多くの息子や娘たちのなかには、緒形のような自慢の息子もいれば、𠮟り飛ばしてやりたい不良息子やワガママ娘もいる。

 

テレビの時代になってからは、本職がモデルや歌手という若い女優が多く現れる。

 

千栄子のように女優一筋に生きた者からすれば、それはまったく理解に苦しむ異星人のような存在だった。

 

これもまた『水のように』からの引用になるのだが、

 

「まるでこわがらない、実に堂々としていて大胆にやってのけている、ということになると、私なんか、三十年の余、ああでもない、こうでもない、と悩んだり苦しんだりしてきた『芸』というものは、どうなるのでありましょう」

 

と、後輩たちへの不満を語っている。

 

昭和45年(1970)は『戦争を知らない子供たち』というフォークソングがヒットした。終戦後のベビーブームの時に生まれた子どもたちも、そろそろ大学生や社会人になる頃。戦前・戦中を知らない若い世代が世に増えていた。

 

戦前・戦中派の親の世代と、価値観の違いから生じる争いがあちこちで起こっている。女優の世界にもそれはあるようだ。

 

千栄子は脚本を熟読して作品を理解し、そこで演じるべき自分の役を徹底的に作り込んでから、本番の撮影に臨む。

 

それは演じる者が、最低限やらねばならぬ常識と考えきたのだが、この時代になると、売れっ子は何本ものテレビや他の仕事を掛け持ちする。

 

時間がないのだろうか、何の準備もなく現場に来て、そこではじめて台本を読むという者もいる。若い役者がセリフにつかえてNGになることにも、最近はあまり驚かなくなった。

 

ひと昔前の映画の撮影現場だったら、監督から怒鳴られ物を投げつけられただろう。新人だったりすると、殴られることも珍しくはない。そんな時代を知る者も少なくなっている。

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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