(※写真はイメージです/PIXTA)

経済を動かす贅沢や奢侈については、その必要性が古くから議論されてきました。「必要最低限のものだけの人生など獣同然」「個人が道徳を全うしようとすれば社会全体の公益が損なわれる」「他者への優越を示すため」などさまざまです。これら議論の詳細について、是非を問いながら山口周氏が解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

消費は「経済力での他者への優越を示すため」?

さらに、ゾンバルトとは若干異なる角度から、奢侈について考察したのが、ほぼ同時期に活躍したアメリカの社会学者、ソースティン・ヴェブレンです。

 

ヴェブレンは著書『有閑階級の理論』において、富裕層が奢侈に走るのは「経済力で他者に優越していることを示すため」という極めて明快な理由を提示しています。この指摘については、それを好んで実践するか、あるいは嫌って遠ざけるかどうかはともかく、多くの人にとって「心当たり」があると思います。

 

ヴェブレンは、この「他者への優越を示すため」に行われる見せびらかしの消費を「衒示的消費」と名づけ、特に近代以降の身分制が曖昧になった社会において、社会的な「優劣・上下」の関係を可視化するために強く求められるようになった、と指摘しています。ヴェブレンの指摘で興味深いのが、この「衒示的消費」の無限性です。

 

「財による比較と差別が行われる限り、人は財を競い、財力に対する評判を際限なく追い求め、競争相手より格上になることに無上の喜びを見出す。(中略)なぜなら人々の欲望は、財の蓄積において他人を出し抜くことにあるからだ。

 

ときに主張されるように、財の蓄積を促す要因が生活必需品や肉体的安楽の欠如であるならば、生産効率が向上するどこかの時点で、その社会の経済的欲求は全体として満たされると考えられる。だが財の蓄積を競うのは、本質的には他人との比較に基づく評判を得るためである以上、最終的な到達地点はないと言ってよい。」

 

ソースティン・ヴェブレン『有閑階級の理論』

 

ヴェブレンのこの書籍のタイトルは『有閑階級の理論』となっていますが、読んでいただければわかる通り、ヴェブレンの考察は必ずしも「有閑階級」だけに閉じたものではなく、はるかに広い範囲の人々の消費活動を捉える射程をもっています。

 

そして、この「あらゆる人」はすべからく他者に優越するために経済的な力を獲得しようと努力し、そして獲得した経済的な力を誇示するために、さまざまな消費活動をする、というのがヴェブレンの指摘です。この「無限性」は永遠の成長を求める「資本の論理」とは大変にソリが良いものだということがわかります。

 

しかし一方で、消費が「他者への優越を示すための一種のマウンティング」にしかすぎないのであれば、そのようなマウンティングの応酬を永遠に繰り返すような不毛なディストピアを、私たちは本当に望んでいるのか?ということもまた疑念として浮かび上がってきます。

 

 

山口周

ライプニッツ 代表

 

 

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