マルクスは「資本主義のその後」の世界において、労働はそれ自体が愉悦となるような営みになると予言しています。そして市場原理主義では解決できない問題を解くのは、「無償の贈与」という労働の新たな概念。巨大な「無償の労働力」によって生み出された、Linuxという非常に完成度の高いOSを例に解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

社会に「贈与のシステム」を導入する必要性

「衝動」に基づく経済活動を継続的に実現するためには、社会に「贈与のシステム」を導入することが必要です。「経済合理性限界曲線」の外側にあるということは、すなわち現在の貨幣経済のシステム、つまり「問題の解決を担う人」と「問題の解決を望む人」とのあいだに閉じた貨幣交換の仕組みに依存している限り、これらの問題は永遠に解決されることがないということを意味します。したがって、ここには「第三者による贈与」の介入が必要になります。

 

贈与というのはなかなか耳慣れない言葉ですが、これをもう少し具体的に表現すれば、一般の人にとってそれは「寄付」や「支援」や「ボランティア」という活動になりますし、政策としてはベーシック・インカム(文化的で健康な生活をおくるために必要な現金をすべての国民に対して支給するという仕組み)に代表される経済的セキュリティネットがそれに該当します。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

ベーシック・インカムを「贈与」だと言われて違和感を抱く人もいるかもしれませんが、「何の見返りも期待せず、ただ贈り与える」のが贈与の定義なのだとすれば、ベーシック・インカムの特徴はまさに「何の条件もつけず、ただ贈り与える」という点にあるわけで、まさにこれは贈与なのです。

 

しかし、「贈与が経済合理性限界曲線の外側にあるイノベーションを実現する」と言われても、なかなかイメージしにくいかも知れません。実例をあげましょう。「無償の贈与」が大きな成果として結実した近年のプロジェクトの1つにLinuxの開発があります。

 

現在、スーパーコンピューターやスマートフォンのOSとして高いシェアをもつLinuxは、もともとはヘルシンキ大学の学生だったリーナス・トーバルズが、UNIX互換の機能をもつOSを自分で開発しようと思ってつくり始めたプログラムに端を発しています。

 

いかにも北欧人のメンタリティがよく出ていると思わせるエピソードですが、トーバルズは、知的財産権の放棄を宣言した上で、開発途上のプログラムを公開し、「誰が、どのように改定しても構わない」と宣言します。

 

結果的に、延べ何万人という世界中のプログラマーがこのプロジェクトに無償で協力することで、Linuxは非常に完成度の高いOSとなったわけですが、驚くべきは提供された「無償の労働力」の巨大さです。

 

2007年にリリースされたLinuxバージョン4には、2億8300万行のソースコードが含まれており、これと同様のプログラムを通常のアプローチで開発すれば、工数は3万6000人/月、金額にしておよそ80億ドル(約8600億円)がかかっただろう、と見積もられています。

 

このような開発を、当初の段階から「経済合理性の枠内」で行おうとすれば、おそらく開発は不可能だったでしょう。つまり、Linuxというのは、巨大な「知識の贈与」「能力の贈与」「時間の贈与」によってこそ成立しえたということです。

 

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ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

山口 周

プレジデント社

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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