未来の働き方を暗示!なぜLinux開発はタダ働きなのに幸せか?

マルクスは「資本主義のその後」の世界において、労働はそれ自体が愉悦となるような営みになると予言しています。そして市場原理主義では解決できない問題を解くのは、「無償の贈与」という労働の新たな概念。巨大な「無償の労働力」によって生み出された、Linuxという非常に完成度の高いOSを例に解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

タダ働きから高い精神的報酬を得る

資本主義・市場原理のドグマに頭をハックされている私たちは、解決に1兆円近い投資が必要になるような問題に向き合えば、当然のことのように、その問題の解決は大企業や政府の仕事であり、そこには当然、その投資に見合うだけの利益や効果が見込めなければならない、と考えてしまいます。

 

しかし、このLinuxの開発プロジェクトは、共感と衝動さえ喚起できれば、労働市場で調達しようとすれば数千億円にもなるような巨大な問題解決・知的創造の資源を社会から引き出すことができる、ということを示唆しています。

 

このLinux開発の物語はまた私たちに、物質的満足度がすでに高い水準に至った高原社会では、労働を通じて知識・技能・創造性を発揮するという「楽しさ」が、もっとも重要な報酬になりうる、という示唆もまた与えてくれます。

 

Linuxの開発に携わった人々のほとんどはIBMやインテルなどの企業に勤める多忙なプロフェッショナルたちでした。そんな彼らがなぜ、無償で自分の知識・技能・時間を「贈与」したのでしょうか。理由は単純で「楽しかったから」です。

 

これはつまり、何を言っているかというと、Linuxの開発に携わった人は、たしかに経済的報酬については「無償」だったかもしれませんが、実際には「労働そのもの」から高い精神的報酬を得ていた、ということです。

 

言い換えれば、Linuxの開発に携わっていた人にとって、その仕事は「経済的報酬を得るために仕方なくやる仕事=インストルメンタル」なものではなく「活動それ自体が報酬となる自己充足的な活動=コンサマトリー」なものだった、と言い換えることもできるでしょう。

活動それ自体が愉悦となるような営み

ハンナ・アーレントは著書『人間の条件』において、いわゆる一般的な「仕事」の種類を、「生存するための食糧や日用品を得る=労働」「快適に生きるためのインフラをつくる=仕事」「健全な社会の建設・運営に携わる=活動」という3つの種類に分けましたが、すでに私たちの社会は「労働」と「仕事」から解放されつつあります。

 

この高原社会において、私たちに残されている役割は、もはや最後の「活動」しかないのです。そして、この活動は「できれば避けたい辛く、苦しい労役」ではなく、むしろスポーツやレクリエーションに近いもの、活動そのものが大きな楽しみになる、そのような活動になるはずです。

 

これを逆側からいえば、高原社会では、知識・技能・創造性を存分に発揮できる活動そのものが、一種の商品のように労働市場で取引される社会となるでしょう。「楽しい仕事」が一種の商品となって「買われる」のです。これは人類史的な転換になるはずです。

 

資本主義の行き着いた先において、このような「労働が愉悦となって回収される社会」がやがて到来することを100年以上も前に予言した恐るべき思想家がいます。カール・マルクスです。マルクスは、資本主義によって文明化が一定の水準に達した社会においては、もはや労働は苦役ではなく、それぞれの個人がそれぞれの実存を十全に発揮するための、一種の表現活動となることを予言していました。

 

「しかし資本は、富の一般的形態を飽くことなく追い求める努力として、その自然必然性の限界以上に労働を駆り立て、このようにして豊かな個性〔reicheIndividualit舩〕を伸ばすための物質的諸要素を創りだすのである。

 

豊かな個性は、その消費においても生産においてもひとしく全面的であり、したがってまたそれが行う労働が、もはや労働としては現れることはなく、活動〔Thatigkeit〕それ自体の十全な展開として現れるのであってしかもこの活動においては、自然的欲求に代わって1つの歴史的に生み出された欲求が登場しているから、直接的形態をとった自然的必然性は消滅しているのである。」

 

マルクス・エンゲルス『MarxEngelsGesamtausgabe(MEGA)』より

 

マルクスが「労働による人間性の疎外」を論じたことから、マルクスが労働に対して否定的な考えをもっていたような印象を受けるかもしれませんが、それは誤解です。マルクスは、労働とは本来「食うために働く」以上の豊かな意義をもった、人間にとって本質的な営みであると考えていました。

 

上記の抜粋は、いかにもマルクスらしい、大仰で堅苦しい表現ですが、ここでマルクスが言っている「活動」(Thatigkeit)とは、資本によって駆り立てられ強制的に行わされる「労働」(Arbeit)のことでではなく、活動それ自体が愉悦となるような営みを指しています。

 

共産主義体制がほぼすべて崩壊した現在、イデオロギーとしてのマルクス主義はすでに終焉していますが、マルクスが主張した「資本主義のその後の世界」に関する洞察は、今日の私たちにさまざまなパースペクティブを与えてくれると思います。

 

文明化によって生産力が十分に発達し、その必然的結果として資本がほとんど利益を生み出すことがなくなった社会においては、労働の必要性や必然性が消滅し、豊かで多様な個性を持つ個人が自由意志に基づいて「労働=活動」が自発的に行われるようになり、理想的な社会をつくり出す、というのがマルクスの考えていた「資本主義のその後」の世界です。

 

このような「活動」を促進しようとするとき、カギとなってくるのがユニバーサル・ベーシック・インカムのような経済的セキュリティネットの実装です。Linuxの開発に、なぜこれほど多くの人々が無償で参加してくれたのか。

 

答えはシンプルで、彼らは、IBM、ヒューレット・パッカード、シリコングラフィックス、インテルなどの名だたる企業にフルタイムで勤め、そこから十分かつ安定的な経済的報酬を得ていたからです。これらの経済的安定性があったからこそ、彼らは「遊び」にあれだけの知識・スキル・時間を投入することができたのです。

 

 

山口周

ライプニッツ 代表

 

 

ライプニッツ 代表 独立研究者
著作家
パブリックスピーカー

1970年東京都生まれ。神奈川県葉山町に在住。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史専攻修士課程修了。

電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。

その他の著書に、『劣化するオッサン社会の処方箋』『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』『外資系コンサルの知的生産術』『グーグルに勝つ広告モデル』(岡本一郎名義)(以上、光文社新書)、『外資系コンサルのスライド作成術』(東洋経済新報社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』『ニュータイプの時代』(ともにダイヤモンド社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)など。

(的野 弘路=撮影)

著者紹介

連載日本人はコロナ後の世界をどう生きるべきか

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

山口 周

プレジデント社

ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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