経済は無限に成長していくものであると思われがちです。しかし環境問題などが取りざたされている今、それはありえないことがわかるでしょう。また日本の「労働生産率」は先進国のなかで低く、「負け組」であるかのように語られることがありますがこれも誤りです。先進国全体が下落トレンドにあるのです。「成長」が妄信されている現状を、筆者の危機意識とともに見ていきましょう。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

先進国全体が緩やかに成長率を低下している

つぎにGDPと関連性の高い指標である労働生産性について確認してみましょう。いうまでもなく、生産性とは国別のGDPを総投入労働量で割ったもので、平たくいえば「どれだけ要領良く働いて価値を生み出しているか」を示す指標です。

 

日本でよく聞かれる労働生産性についての議論は「日本は先進国のなかでも労働生産性が低い。もっと労働生産性を上げるべきだ」という指摘です。たしかに、現時点での先進国の労働生産性を「この瞬間の断面図」で比較してみれば、日本の生産性は褒められたものではありません。

 

結論は「もう少し要領よくやりましょうよ」ということでまったく異論はないのですが、ここで確認したいのは「各国の労働生産性上昇率の推移」、つまり「コロナによるパンデミックに至るまでの文脈」です。

 

GDP成長率が鈍化しているのですから当たり前といえば当たり前なのですが、図表を一見してわかる通り、「高原への軟着陸」(※長らく「物質的不足の解消」を目的として続けた上昇の末、ほぼその夢を実現し、緩やかに成長率を低下させている現在の状況のこと)のイメージが見て取れることがわかります。

 

出典:Jason Furman, Productivity Growth in the Advanced Economies, 2015,p.4, Figure 3.
先進7カ国の労働生産性上昇率の推移 出典:Jason Furman, Productivity Growth in the Advanced Economies, 2015,p.4, Figure 3.

 

先進7カ国の労働生産性上昇率は、1960年代にピークを記録して以来、短期的な凸凹はあるものの、先進国全体の趨勢として明確な下落トレンドにあることがわかります。

 

そしてまた、唯一の例外と言っていい1990年代のアメリカにおける中期的な労働生産性の上昇についても、たとえば、電子機器類の性能向上を織り込んだ物価計算、いわゆる「ヘドニック物価指数」の導入によってインフレ率を割り引く、あるいは企業によるソフトウェア購入の費目を「中間材購入」から「設備投資」へと切り替える、といったさまざまな「GDP計算方法に関する操作」を90年代の末に行ったことで、過去数年分のGDPの絶対値および成長率が大きく伸びた、ということは知っておいた方が良いでしょう。

 

《ヘドニック指数の導入と、ソフトウェア購入の投資への変更によって、1990年代後半から2000年代前半にかけての実質GDP成長率は見かけ上、大きく伸びた。実際に世の中は好景気だったし、GDPが完全に嘘だったわけではない。

 

しかしそれらの変更によって、実際以上に経済が好調に見えていた可能性は否めない。しかもヘドニック指数による計算を最初に取り入れたのはアメリカだったので、ヨーロッパ諸国や日本に比べてアメリカ経済が強く見えたことは確実だ。

 

海の向こうでは経済政策担当者が頭を抱えていた。コンピュータはどの国のどんな企業でも公平に利用できるのに、なぜコンピュータ革命による生産性向上の効果はアメリカにしか現れないのか?》

 

ダイアン・コイル『GDP』

 

つまり、アメリカの1990年代の一時的な成長トレンドには眉唾なところがある、ということです。労働生産性については「日本だけが負け組」というトーンでしばしば自虐的に語られますが、それはあくまで「瞬間の断面図」で見たときのドングリの背比べでしかありません。中長期的に見てみれば先進国はどこもおしなべて「労働生産性上昇率の長期的低下」のトレンドにあるということがよくわかると思います。

 

 

山口周

ライプニッツ 代表

 

 

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