民事信託を組むことで、親の死後も障がいを持つ子の生活を守れるだけでなく、その子が亡くなったあとのお金の使い道まで指定することが可能です。弁護士の伊庭潔氏が、民事信託の活用について実務的な視点からわかりやすく解説します。※本記事は、『信託法からみた民事信託の手引き』(日本加除出版)より抜粋・再編集したものです。

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判例から見る「民事信託」と「遺留分制度」の関係

Q:民事信託と遺留分制度とは、どのような関係になっていますか。

 

 1:信託と遺留分 

 

(1)学説

 

信託の設定により、遺留分侵害額請求を免れ得るものでないことについて、異論はありません。あとに紹介する裁判例(東京地判平成30年9月12日金融法務事情2104号78頁)でも遺留分減殺請求(相続法改正前)を認めて信託契約の一部無効を認めています。

 

ただし、遺留分侵害行為をどのように捉えるかについては争いがあります。すなわち、遺留分権利者の権利を侵害する行為は、①受益者に対して受益権を付与する行為なのか(受益権説)、②信託設定行為それ自体なのか(信託財産説)、③その双方が一体となって遺留分侵害行為と評価されるのか(折衷説)については見解の一致をみていません。

 

(2) 遺留分の算定方法

 

上記論点をどのように解するかによって、遺留分侵害額請求権の対象となる「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」(民法1043条1項)の算定方法として、受益権の価額とするのか信託財産の価額とするのかに影響します。

 

また、遺留分侵害額請求の相手方を受託者とするか受益者とするかの選択にも影響します。

 

すなわち、上記①の立場を採れば、遺留分侵害額請求の相手方は受益者となり、相続財産の価額は受益権の価額となります。そうすると、受益者が将来受け取ることとなる給付を現在価値に引き直して計算する必要があるといえます。また、これにとどまらず、受益権には信託行為により様々な条件や制限を付すことも可能であるため、これらの条件や制限をどのように考慮するかについては実務上確立した算定方法もなく、受益権の価額の算定方法には難しい問題があります。

 

他方、②の立場を採れば、遺留分侵害額請求の相手方は受託者となり、相続財産の価額は信託財産の価額とするのが論理的です。

 

また、③の立場を採れば、論理的には遺留分侵害額請求の相手方を受託者及び受益者の双方とすることになります。この立場からは、相続財産の価額を信託財産の価額とすべきか又は受益権の価額とすべきかという問題について、論理必然に決まるものではありません。

 

(3)遺留分侵害額請求権の行使方法

 

実務的な視点でみると、遺留分侵害額請求権の行使には1年間の期間制限があり(民法1044条1項)、請求の相手方を誤ることだけは避けなければなりません。

 

そのため、現時点において、実務的には、受託者及び受益者双方に対して遺留分侵害額請求権を行使しておくことが安全だと考えられます。

 

 2:東京地判平成30年9月12日(金融法務事情 2104号78頁) 

 

(1)信託の一部無効の判断

 

この裁判例は、設定された信託について、形式的には遺留分を侵害しない「割合」の受益権を付与する旨の条項(原告に受益権割合6分の1、訴外Aに受益権割合6分の1、被告に受益権割合6分の4)があるものの、実質的には、信託期間中に受益者への給付を生じない可能性が高い不動産が信託財産に含まれており、割合的に受益権を付与されたことに伴う実質的な享受利益が小さい(信託が設定されていなかった場合に得られたであろう遺留分を下回る)受益者が原告となり、遺留分減殺請求権(相続法改正前)が行使された事案です。

 

判決では、売却しあるいは賃貸して収益を上げることが現実的に不可能な物件や、賃料収入がその不動産全体の価値に見合わない物件を信託財産に含めたのは、外形上、原告に対して遺留分割合に相当する割合の受益権を与えることにより、これらの不動産に対する遺留分減殺請求を回避する目的であったと判断し、当該部分について公序良俗違反を理由に信託の一部無効と判断しました。

 

(2)遺留分減殺請求の対象

 

この裁判例では、「信託契約による信託財産の移転は、信託目的達成のための形式的な所有権移転にすぎないため、実質的に権利として移転される受益権を対象に遺留分減殺の対象とすべきである。」と判断しました。

 

(3)受益権の評価方法

 

受益権の価額について、①「収益不動産」については、不動産会社の簡易査定により収益還元法を以て導かれた収益価格の下限の金額、②「売却済み不動産」については売却代金、③「信託財産とされた金銭」については当該金額と判断しました。

 

(4)遺留分減殺請求権行使の相手方

 

上記裁判例では、減殺請求の対象は受益権であると明確に判断しましたが、受託者と受益者が同一人であったため、遺留分減殺請求権行使の相手方を受託者とすべきか、受益者とすべきかについては真正面から検討されていません。

 

しかし、遺留分減殺請求の対象が受益権であると判断した以上、論理的には、受益者を遺留分減殺請求権行使の相手方とすることを想定していると考えられます。

 

 3:相続法改正の影響 

 

もっとも、上記裁判例が出たあとに相続法が改正され、その行使によって物権的な効果を生じるとされていた遺留分減殺請求権の法的性質が遺留分侵害額に相当する金銭債権に変更されました(民法1046条)。

 

そうすると、遺留分権利者から、単なる金銭債権としての遺留分侵害額請求権が行使されるのであれば、これに対する支払原資は信託財産とするのが紛争解決としては妥当と考えられ、その場合には信託財産の管理・処分権限を有する受託者を請求の相手方とするのが合理的であるようにも思えます。

 

また、前記の1(1)②の立場(信託財産説)に対しては、遺留分減殺請求権が行使される結果、信託行為が一部覆滅してしまう、信託財産が受託者と遺留分権利者とのあいだで共有になり不都合であるなどとの批判がありました。この点、遺留分侵害額請求が金銭債権になったことで、これらの信託財産説に対して向けられていた批判は妥当しなくなったと考えられます。

 

相続法改正により遺留分侵害額請求権の法的性質が変更され、それが「信託と遺留分」に関する論点にどのような影響を与えるかについては、今後の検討課題と考えられます。

 

ただし、実務的には、前記のとおり、遺留分侵害額請求権の行使の相手方は、受託者及び受益者の双方としておくことが望ましいと考えられます。

 

 

伊庭 潔

下北沢法律事務所(東京弁護士会)

日弁連信託センター

 

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