近年、認知症になる高齢者の数が増えており、事前に相続対策をする必要性が高まっています。その解決方法の一つが「家族信託」で、この制度を活用することで柔軟な財産管理が可能になります。今回は、相続人が認知症で判断力が衰えている場合、家族信託を使って次の相続人まで生前に指定しておく事例を紹介します。※本連載は、宮田浩志氏の著書『相続・認知症で困らない 家族信託まるわかり読本』(近代セールス社)より一部を抜粋・再編集したものです。

親の介護負担を踏まえ遺産分割の生前合意を形にしたい

Q. 斎藤父郎(75歳)は、妻に先立たれ、父郎所有の自宅不動産に1人で暮らしています。近所に長男一郎家族が住んでいて定期的に来てくれているので、今のところ生活に不安はありません。

もし、父郎が将来認知症になったときは、できる限り在宅介護を希望していますが、あまり一郎の家族に負担もかけられないので、いずれ自宅を売却し、有料老人ホームに入居したいと考えています。

父郎と一郎・二男二郎・三男三郎は、皆仲がよいですが、二郎家族も三郎家族も遠いところに住んでいるので、年に1回程度しか父郎に会いに来ません。そこで、父郎の緊急時の対応や介護、財産管理等は一郎家族に任せることに、父郎、二郎、三郎の全員が納得しています。

将来、自宅売却と老人ホームへの入居手続きを進める際に、父郎の判断能力の低下が著しければ、自宅売却には後見制度を利用して売却しなければなりませんが、家族全員が可能な限りスムーズな売却と、負担の大きい成年後見制度を利用しないことを希望しています。

また、一郎家族の介護負担を考慮して、将来の父郎が亡くなったときの財産の分配を一郎に多くすることについて、父郎も二郎、三郎も納得しているので、その合意内容も有効な形で書面に残しておきたいと考えています。

 

<解決策>

斎藤父郎は、長男一郎との間で、父郎所有の自宅不動産および一部の現金を信託財産とする信託契約を締結します。その内容は、受託者を一郎、受益者を父郎自身とし、信託期間は父郎が死亡するまでとします。

 

将来父郎が自分で売却することが困難になっても困らないように、一郎は受託者として、自宅不動産の売却ができるように権限を明記しておきます。父郎が死亡した時点で信託は終了し、信託の残余財産の帰属先を一郎に2分の1、二郎と三郎に各4分の1と指定しておきます。

 

【信託設計】
委託者:斎藤父郎
受託者:斎藤一郎
受益者:斎藤父郎
信託監督人:司法書士M
信託財産:自宅不動産および現金の一部
信託期間:父郎が死亡するまで
残余財産の帰属先指定:(不動産を現金化する前提で)一郎2分の1、二郎4分の1、三郎4分の1

 

<要点解説>

もし家族信託をしないとすると、いざ不動産を売却する際に、所有者の父郎に判断能力がなければ成年後見人を就任させ、家庭裁判所の許可を得てから自宅を売却しなければならないため、手間と費用がかかるうえに、売却スケジュールが大幅にずれる可能性があります。

 

また、いったん後見制度を利用してしまうと、本人が完治しない限り利用をやめられないので、毎年の家庭裁判所(または、数ヵ月ごとの後見監督人)への報告義務など、親族後見人として長期にわたる負担は避けられなくなります。

 

信託契約により、自宅不動産の登記簿は「受託者斎藤一郎」の名義になり、一郎が売主として売却手続きを行いますので、父郎の判断能力の有無は一切問題にならなくなります。なお、「委託者=受益者」のため、贈与税・不動産取得税の課税は発生しません。

 

父郎の死亡後の資産承継者は、残余財産の帰属先として信託契約の中で指定されているので、実質的に父郎が遺言を書いたのと同じ効果があります。ただし、遺言はいつでも父郎が勝手に書き替えることができますが、信託契約は、内容を変更できないよう制限を加えることができます。

 

具体的には、受益者父郎、受託者一郎、信託監督人である司法書士Mの三者が合意しない限り、遺言の機能を持つ残余財産の帰属先指定条項等重要な条項は変更できないようにします。そうすることで兄弟3人が父郎の生前に納得した割合で将来確実に遺産の受取りが実現できるという点で、民法上無効な「生前分割」を実質的に有効にすることが可能となります。

 

これにより、もし3兄弟が不仲になったり、3兄弟の誰かが亡くなって、親交の薄い親族が父郎の法定相続人として現れても、遺産分割が難航するリスクを排除することが可能となります。

 

宮田浩志

宮田総合法務事務所代表

 

※本記事の事例に登場する名前はすべて仮名で、個人が特定されないよう内容に一部変更を加えております。

 

 

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