「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

猫を介して母親とのコミュニケーションも

あの子が来なくなった

 

毎日来ていた猫が急に来なくなると、どうしたのかなと心配になる。実際に、近所の猫嫌いの人がまいた毒入りの餌を食べて、死んだ子もいる。ひどいことをすると怒りにふるえるが、猫が嫌いな人もいる。それが社会だ。

 

ある日わたしがひとりでいるときに、ひどい傷を顔に負った黒猫がサッシの前で「上がりたい」そぶりをしたときは泣けた。わたしはそのときにこの子に死が近づいていることを察知した。それ以来、その子は姿を現さなくなった。やっぱりあの日、お別れに来たんだ。ごめんね。何もしてあげられなくて。

 

チーちゃんは野良の世界で、尊敬されるお母さんのようだ。猫の命は短い。いつかチーちゃんも来なくなる日がくるだろう。つれ猫グレとて同じだ。

 

最近、グレがいい子になっているのが気になる。その日がそんなに遠くないことをわたしは感じる。

 

幸せになりたかったら猫を飼いなさい

 

階下で妖怪が大きな声で、小言を言っている。

 

「まあ、うちは、猫まで、きついんだから」ということは、娘はもっときついと言いたいのか。ハハハ。なんとでも言ってちょうだい。

 

猫がいると、猫を通して本音を言うことができるので、案外、わたしと妖怪はコミュニケーションをとっているのかもしれない。わたしたちは猫に救われている。

 

「しょうがないわよ。グレは親に捨てられた、かわいそうな子なんだから」とグレをかばうと、すかさず妖怪は、「まあ、あなたは猫には甘いんだから」と娘に容赦なくジャブを打つ。

 

「あんたも、相当、きついわよ」と押しかけてきた弱みのあるわたしは、遠慮して心の中で小さくジャブを返す。

 

父が生きているときは、楚々としたかわいいお母さんだったのに、ひとりになったとたんに、きつい人に変貌したのは、そうしていないとくじけそうになるからだろうか。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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