NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。夫の天外との20年の結婚生活に終止符を打った千栄子が潜伏先に選んだのは京都だった。彼女には休息が必要だった。人目に触れない場所で心身を休ませたかったのだろう。そのとき過去になりかけていた千栄子を必死で探す人物がいた。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

千栄子の大阪弁には古き良き時代の大阪の風情が

大阪弁は地域によって、単語やイントネーションに違いがある。

 

たとえば同じ大阪中心部でも、歓楽街である道頓堀界隈の言葉は「島之内言葉」と呼ばれ、それより少しだけ北側にある商業地域の「船場言葉」とは微妙に違う。

 

現在の大阪弁は、島之内言葉や船場言葉とはまったく異質のもので、河内弁や大阪南部の和泉弁に近いという。それらは、近年まで「大阪」とは呼ばれなかった場所である。

 

大阪市域はほぼ旧国名の摂津国内にあり、河内と和泉はそれぞれ河内国と和泉国だった。かつては異国の言葉である。

 

なぜ、そんな異国の言葉が「大阪弁」になってしまったのか?

 

それは漫才の影響が大きい。吉本興業が漫才を世に流行らせた頃、所属芸人には大阪南部出身者が多かった。

 

早口の河内弁や和泉弁のほうが、テンポも良く漫才には向いている。物腰の柔らかい船場や島之内の大阪弁では、喧嘩腰のツッコミにも向かないという理由もある。

 

やがて大阪の漫才師は東京にも進出し、ラジオやテレビに頻繁に出演するようになって、大阪弁は全国に浸透する。しかし、それは漫才で使われる河内弁や和泉弁の影響が強い大阪弁である。

 

大阪の人々からして漫才に影響されて、戦後にはすっかり昔とは違った言葉を話すようになっている。『アチャコ青春手帖』が放送された昭和20年代後半頃も、すでにその兆候はあった。大阪中心部では空襲を逃れるために、昔から住む多くの住民が街を離れて疎開した。古い住人が消えた終戦後の焼け跡には、他所から流入した人々が多く住むようになる。このため本物の大阪弁を喋る人が激減してしまった。

 

そんな時期だけに、大阪弁の絶滅を危惧して警鐘を鳴らす者は多かった。ラジオ・ドラマの人気が高まると、

 

「浪花千栄子の話す大阪弁こそが、上品で理想的な本物の大阪弁だ」

 

などと、知識人や有名人のコメントが聞こえるようになる。

 

彼女がしゃべる本物の大阪弁には、古き良き時代の大阪の風情があふれていた。

 

昔から大阪に住む人々は、ラジオに耳を傾けながら、戦災で焼かれる前の街を懐かしむ。

 

やがて千栄子は「島之内言葉の使い手」と呼ばれるようになる。この後、昔の大阪を舞台とする映画やテレビ・ドラマでも、千栄子は欠かせない存在として重宝された。

 

彼女が出演するだけで、その言葉が物語のリアリティーを増してくれる、と。

 

幼い頃から道頓堀の仕出し料理店で働いていただけに、戦前の島之内言葉はネイティヴと同じくらい、自由に使いこなせる。

 

また、出身地が河内地方なだけに、漫才師が普及させた新しい大阪弁との違いもよく分かる。役によって様々な大阪弁を使い分けることもできた。

次ページ女優としての千栄子の存在感は増していった

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