NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。夫の天外との20年の結婚生活に終止符を打った千栄子が潜伏先に選んだのは京都だった。彼女には休息が必要だった。人目に触れない場所で心身を休ませたかったのだろう。そのとき過去になりかけていた千栄子を必死で探す人物がいた。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

過去になりかけていた千栄子を必死で探す人物

しかし、世間はいつまでも他人の痴情にかかわっていられない。すぐに騒ぎは収束する。曾我廼家十吾から主導権を完全に奪った天外は、物語の筋を無視したアドリブ芸の、俄を完全に排除し、評価を高めるようになる。

 

千栄子に代わる看板女優も育ちはじめている。

 

一時の混乱から立ち直りつつある古巣の状況を見て、千栄子も、自分も早く再始動せねばならない。と、負けず嫌いの血が騒いで奮い立つ。

 

天外に対する意地もある。自分だけが、このまま消え去るわけにはいかなかった。

 

この年の暮れが迫る頃には、道頓堀界隈で千栄子の噂話を聞くこともなくなる。

 

彼女は過去の人になりかけていた。だが、捨てる神あれば拾う神あり。世間から忘れられようとしていた千栄子を、必死で捜す者がいた。

 

その人物とは、吉本興業に所属する人気芸人の花菱アチャコ。彼は千栄子の芸を認めて注目し、機会があれば共演したいと考えていた。

 

千栄子が松竹新喜劇を退団してしばらくたった頃、アチャコのもとにラジオ・ドラマへの出演依頼が舞い込む。企画内容を聞いて、これは自分と千栄子がやれば面白いドラマになるとひらめいた。

 

千栄子を共演相手に指名して、番組担当者に彼女を捜させる。

 

日中戦争の頃から始まったラジオ・ドラマは、戦後になると庶民の間ですっかり人気が定着した。NHK東京放送局では『鐘の鳴る丘』などのラジオ・ドラマが大人気になっている。大阪放送局でも、アチャコを起用して人気番組を作ろうと意気込んでいた。アチャコあっての新番組である。機嫌を損ねて降板されてはたまらない。そのためには、彼が共演を望んでいる千栄子を絶対に捜し出さねばならない。

 

彼女の姿が京都で見かけられたという噂は立っていた。

 

関西では誰もが顔を知っている有名な女優である。不倫離婚と失踪劇で、時の人となった時期もあった。そんな人物が見かけられればすぐに噂になる。SNSが普及した現在ならば、あっという間に詳しい情報が全国に広がっただろう。

 

しかし、口から口への噂だけでその伝播には限界があった。情報が少なすぎる。一向に消息はつかめない。

 

番組収録まであと1ヵ月もなく、そろそろタイムリミットと諦めかけていた頃。歩き疲れた足を休めようと、河原町の居酒屋に入った番組担当者は、

 

「この辺に浪花千栄子さんが住んでいるらしいのですが、なんか知りませんか?」

 

居酒屋の店主にも聞いてみた。

 

まさか知っているとは思っていない。世間話のついでといった感じ、ダメもとで聞いたものだったが、

 

「ああ、この近くに住んでます。さっきもそこの銭湯に行くとこを見ましたで」

 

店主が銭湯の方角を指差して言う。

 

千栄子がこの近所に住んでいるというのは、界隈では有名な話のようだ。ついに見つかった……。

 

 

青山 誠
作家

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

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青山 誠

角川文庫

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