「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

90代母には毎日の生活ルーティンがある

9時〜お昼まで…友達と電話

 

掃除が終わると、新聞に目を通しながら二度めの緑茶タイム。お菓子はかかさない。お茶を嗜んでいたせいか、お菓子なしは嫌みたいだ。わたしにはどうでもいいことが、妖怪には大切なことのようだ。人と暮らすのは難しい。

 

この時間帯には電話がよくかかってきている。お友達のようだ。長電話していることが多い。「アハハ」と大きな笑い声が聞こえる。電話の音がとても懐かしく感じられるのは、わたしがスマホに慣れすぎたせいだろうか。わたしは家にいて、あんな大きな声で笑ったことがない。

 

どこに行くのか知らないが、庭側のサッシはいつも開けっ放しで、スリッパが片方ずつ違う位置に脱ぎ捨てられている。このうちには元気な5歳児がいるのか。と呆れる。

 

よく耳をすませていると、物置で何やら片付けている。物置は、使わないものを置くところなので、片付ける必要はないと思うのだが、お部屋のようなので笑ってしまう。近所の人のところに行っていることも多いようだ。

 

仲良しが近所にいるのは、元気に生きる源だと妖怪を見ていて思う。チョコチョコといったいどこに行っているのか。あのエネルギーを自宅の片付けに使うのはもったいないので、わたしとしては、パートに出て年金の足しになるぐらい稼いできてもらいたい。だって、これ以上長生きしたら、貯金も底をつくでしょ。しかし、妖怪は、そんなことは気にもかけていない。

 

午後のひととき……その日によりいろいろ

 

近所に友達がいるのは、妖怪にとってありがたいことに違いない。友達と言ってももちろん妖怪より若いので、なにかと気にかけてくれる。50年来の85歳になる友人は、車でランチに誘ってくれる。そう、彼女は健康のためなら努力を惜しまないタイプで、70歳から加圧トレーニングに通っている。やはり効果はてきめんで、太ももは筋肉でパンパンだ。しかし、その友達も娘に言われて先日、車の免許を返上したそうだ。年をとって、少しずつ行動範囲がせばまるのは寂しいことだ。

 

歩いて5分の同じ住宅地の中に、おいしいもの好きの友達がいて、よく上等の牛肉を届けてくれる。お互いに珍しいものがあると届けあい、そのまま上がってお茶をする。妖怪の友達はみんな、夫を見送り未亡人になったり、恵まれた年金をもらっている人たちだ。

 

一日中テレビの前にいることは、妖怪に限ってない。骨董の陶器を出したりしまったり。台所で食器の収納場所を入れ替えたり。いただいた夏みかんで大量のママレードを作ったり、なにかしている。とにかく動いている。

 

今度、万歩計をつけさせて測ってみようかしら。机にすわったまま何時間もパソコンの前で仕事をしているわたしと違い、妖怪は、家事が筋トレであり運動なのだ。

 

※万歩計は山佐時計計器株式会社の登録商標です。

 

夜6時以降は夕食タイム

 

料理の腕がいい妖怪だが、観察していると最近は、簡単にすませているようだ。ただ、牛肉は欠かさない。冷凍庫の中には、この家にはプロレスラーがいるのかと思われるほどのステーキ肉や、霜降りのロース肉がびっしり入っている。物のないあの昭和初期に、父親に連れられ浅草や上野の洋食屋で食事をしていた母は、食べ物に対してうるさい。その習慣は今も変わらない。ちなみに母の冷蔵庫は超大型のファミリー用、娘のわたしの冷蔵庫はツードアタイプの単身者用だ。

 

スーパーで1パック980円の牛肉を買うわたしとは違い、いくら未亡人の年金暮らしとはいえ、食べ物の質は落とさない。

 

夜 9時〜10時に就寝する

 

お風呂は自分で掃除をし、自分で沸かす。しかも、いつもピカピカだ。ただ最近は用心深くなったのか、お風呂には昼間に入っているようだ。

 

「お風呂で死ぬのだけはイヤだわ。警察官にこの裸を見られたくない」と妖怪はのたまう。

 

「ばっかじゃないの。老婆の裸など、誰が気にするというのか」

 

どこで、どう死のうがかまわない娘のわたしと妖怪とでは、このように考え方が正反対。

 

重い雨戸を自力で閉め、通い猫のチーちゃんに「また、来てね」とやさしく声をかけて送り出し、電気を消して寝る。これが、妖怪の変わらぬ生活だ。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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