Appleのスティーブ・ジョブズが、文字のアートであるカリグラフィーをプロダクトに活かしていたことは有名だ。マーク・ザッカーバーグがCEOをつとめるFacebook本社オフィスはウォールアートで埋め尽くされている。こうしたシリコンバレーのイノベーターたちがアートをたしなんでいたことから、アートとビジネスの関係性はますます注目されているが、実際、アートとビジネスは、深いところで響き合っているという。ビジネスマンは現代アートとどう向き合っていけばいいのかを明らかにする。本連載は練馬区美術館の館長・秋元雄史著『アート思考』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

過剰適応では生存競争で生き残れない?

伝統産業に見るイノベーションのジレンマ

 

以前、輪島塗の勉強会を主催するメンバーから「輪島の良さを活かして、もっと新しいものを生み出すワークショップ」を行ってほしいという依頼を受けたことがあります。輪島塗の伝統技法を使った本格的なものですが、デザインが垢抜けず時代に取り残されてきたというのです。

 

私はメンバーに対し「コンセプトから考えましょう」「アーティストになりましょう」とその場で呼びかけました。「どうやってつくるのか」ではなく「何をつくるか」を考える訓練をしたかったからです。

 

実際に日本の現代アーティストの田中信行や青木千絵は、「和」の素材である漆を用いて、まったくこれまで見たことのない漆の巨大な作品を制作しています。直径1~2メートルの大きな抽象彫刻作品をつくり、漆の独特な色彩と反射からなる、イノベーティブな視覚的にも驚きに満ちた作品世界を創作しているのです。

 

私は、そうしたものが輪島塗でもできる可能性があるということを伝えたかったのです。

 

ところがメンバーからなかなか具体的なアイデアが生まれてこないのです。「自由にどんなものでもいいので、荒唐無稽なものを考えてみてください」と言ったのですが、メンバーは悩んだきり、前に進みません。これまで制作してきた形を超え出ることができないのです。

 

彼らは確かに「作家」ですが、現代アーティストのように、コンセプトから作品をつくりあげる人たちではありません。つまり、思考法が異なるのです。工芸の作家たちは、「手でものを考える」、つまり材料と技法から物事を始める職人気質の人が多いため、勝手な絵や無責任なプランを描くことができないのです。

 

実は、職人的なきっちり一分の隙きもない制作プロセスが、工芸のイノベーションを阻害する要因となっているということも考えられるのです。通常、「完成度の高い技術」は、いいものとされます。しかしながら、ダーウィンの進化論でも指摘されているように、時代への過剰適応の結果、生存競争に生き残ることができないということと同様、完成度が高い分、新しい時代に向けてのイノベーションにとって足かせになるということも十分考えられます。

 

イノベーションを起こすということは、古い殻を文字どおり破ることです。イノベーションを内部から見ると、それは解体された状態となり、古い視点から見れば破壊ともなるでしょう。しかし、それに一歩踏み出せるかどうかが、勝負の分かれ目なのです。

 

秋元 雄史
東京藝術大学大学美術館長・教授

 

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秋元 雄史

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世界の美術界においては、現代アートこそがメインストリームとなっている。グローバルに活躍するビジネスエリートに欠かせない教養と考えられている。 現代アートが提起する問題や描く世界観が、ビジネスエリートに求められ…

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