医療事故がマスコミで大きく報道されるようになり、現在の医療現場は「できることはすべてやった」と言い訳をするための、過剰な防衛医療となってしまっています。今回の記事では、加熱する「医療安全」信仰の恐ろしさについて解説していきます。

1人と5人、どちらを助けるか?…医師のコンフリクト

まず、医師のマネジメントが困難な理由を考えるために、医師が日々直面している3つのコンフリクト(対立)を挙げました[図表1]。

 

[図表1]医師が直面する3つのコンフリクト

 

1.ホッブスの対立(Hobbesianconflict):組織の中の医師

 

組織に属していることで、個人の自由の制限を受ける一方で、組織の一員として存在することで享受できるメリットとの対立があり、これをホッブスの対立と言います。

 

組織人として、当然守るべきルールがあり、時には自身の欲求を抑制しなければならないことがあります。一方、街中である日突然医院を開業しても、全く患者が来ないというリスクがありますが、大学病院の外来であれば京都府立医大附属病院や愛知医科大学病院という看板で患者が確実に来るというメリットを享受しています。

 

外来に来院する患者は医師個人の医療レベルや人間性を熟知しているわけではありませんので、病院の看板に群がっているだけなのですが、何十年もかけて先人が築き上げてきた土台の上に成り立っているのが組織であり、制約のある一方でメリットも享受しています。

 

2.倫理観の対立:カント的倫理観と功利主義

 

カント的倫理観とは有名なイマヌエル・カント(1724-1804)の倫理学を代表とする学説で、ものごとの結果よりも、きちんとルールに則って行動したか否かによって、行為の正しさを判断するものです。例えば医療倫理に関する義務としては、「約束を守れ」「自律を尊重せよ」「真実を語れ」「人を殺してはいけない」などが挙げられます。

 

カントは、人間は何をおいてもこれを絶対に守らなければならず、例外を設けることは許されないとしています。もちろん、これには少々無理があります。後の倫理学者の多くは、一応の義務は行動規範として必要であるものの、何が何でも守るというよりは、基本的に義務を重んじ、行動することが大切であるとしています。

 

一方、イギリスのベンサムやジョン・スチュワート・ミル(1806-73)などが唱えた功利主義の原則があります。

 

功利主義では“最大多数の最大幸福(the greatest happiness of the greatest number)”を目標としています。ものごとの帰結、つまり結果を重視する考え方で、最終的に「最大多数の最大幸福」を究極の目標とし、そのための行為を「善」、すなわち正しい行為とみなします。

 

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