4種類のトイレが教えたプラスアルファの選択肢
どこが不足しているかを考え、快適になる部分から変えていく
私はもともと左利きでした。左利きは生まれつきで、私が自ら選択したわけではありません。左利きなので、左手で字を書いたり箸を持ったりするのに慣れていただけです。
でも、7歳のとき、先生から「左手が便利でも右手を使う練習をしなければいけない」と言われました。それには理由があって、中国語の縦書きは右から左へ書くので、右利きのほうが比較的便利であるということでした。確かに左手だと手前に戻っていきながら書かなくてはいけないため不便ではあります。
現在はパソコンのキーボード入力がほとんどです。右手とか左手ではなく、両手で入力するのが一番速くなっています。社会のツールの変化は、人間の印象を変えます。今、子供が左手でスマホを触っているのを見て、「右手に変えなさい」という教師はいないでしょう。
このように、基本的な行動パターンや社会的な行動パターンを誰もが便利であるように調整する時期が来れば、「左利きがおかしい」という状況は自然となくなっていきます。一方で、ほとんどの人が右利きなので、改札口のセンサーを右に置くのには合理性があります。それを使うのは左利きの人にとっても、字を書くほど面倒なことではありません。少し手を伸ばすだけの話です。こうしたものは急いで変える必要もありません。
私たちが進歩する可能性は、いつでも存在します。今の状態が百点ではないからといって、破壊してしまうのはナンセンスです。破壊するとゼロになり、また一からやり直さなくてはいけません。私が常に言っているのは、「80点のものがあればどこに不足があるのかを考えよう、そして改修すれば快適になる部分から先に変えていこう」ということです。
たとえば、私が普段仕事をしている社会創新実験センターには、男子用、女子用、車椅子対応、ジェンダーニュートラルの四種類のトイレが存在します。こうすることで誰もが快適にトイレに行くことができますし、万が一、四つのトイレのうちの一つが故障した場合でも、プラスアルファの選択肢があるため、利便性の点でもかなり良いと思います。
車椅子対応やジェンダーニュートラルのトイレは、最初のうちは少人数を対象にしたトイレだったはずですが、あとになって、こうしたトイレは「小さな子供たちと一緒に入るのに非常に適している」と気づくかもしれません。また本来は車椅子使用者のために設計されたトイレは、高齢者や歩行器を使う人にとっても使いやすいかもしれません。
このように、誰か少数のためを思って設計されたものが、想定していなかった人たちを助けることがあるのです。「自分には関係ない」と思っていても、スポーツで怪我をして2カ月間車椅子に乗ることもあるかもしれません。いつもは多数派の側に所属していても、時には少数派に属することになる場合もあります。そして、一度でも「少数派になる」という経験をした人は、多数派に移ったときに少数派の人たちを排除するようなことを行わないようになります。
これは「交差性(intersectionality)」と呼ばれるもので、中国語では「共融」と言います。この考え方は、ゼロサムのように「一つ増えれば一つ減る」というものではなく、「誰も置き去りにしない」という概念で、すなわちそれが「インクルージョン」という考え方です。
オードリー・タン
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
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