灘高→東大理Ⅲ→東大医学部卒。それは、日本の偏差値トップの子どもだけが許された、誰もがうらやむ超・エリートコースである。しかし、東大医学部卒の医師が、名医や素晴らしい研究者となり、成功した人生を歩むとは限らないのも事実。自らが灘高、東大医学部卒業した精神科医の和田秀樹氏と、医療問題を抉り続ける気鋭の医療ジャーナリストの鳥集徹氏が「東大医学部」について語る。本連載は和田秀樹・鳥集徹著『東大医学部』(ブックマン社)から一部を抜粋し、再編集したものです。

試験問題は臨床をろくに知らない教授が作っている

鳥集 また、臓器、器官、骨、神経、血管、組織等の名前を細かく記憶しなければならない解剖学が典型ですが、医学というのは、大量暗記を求められることの多い学問です。難しい問題を工夫して自力で解くことに快感を覚えるような高偏差値の人のなかには、大量暗記を馬鹿らしく思ってしまう学生もいるのではないかと。東大生や京大生でも、国試浪人したのに再度落ちてしまう人が毎年一定数います。あげく医師になれないで終わる人がいるのです。

 

和田 その見方は正しいでしょうね。国家試験の合格率が高い医学部は、きちんと大学が対策をしてくれているわけです。国家試験だって、入試と同じで過去問をやらなければ合格は難しいのです。しかし、その国家試験自体に、問題があると私は思っています。

 

海外の医師国家試験は、ほぼ臨床をやっているドクターが問題を作っていますが、日本においては、未だに国家試験というのはそのほとんどが、臨床をろくに知らない医学部の教授が重箱の隅をつつくような試験問題を作っているわけです。本当は、がんの問題ならばがんセンターの部長とか、循環器の問題ならば循環器病センターの人が、リアルな内容の問題を作成すればいいはずです。だけど日本では、そういうことは許されていません。だから、実際に医者になったときに、役に立たない問題がたくさんありました。現在は、臨床のリアルな症例に基づいたD問題とかE問題とかが出てきて改善されつつありますが。

 

私が受けた当時の国家試験というのは、先述の通り、要するに過去問を愚直にやっている奴は受かるし、やっていない奴は落ちるという、ただそれだけの試験だったのです。しかし、その事実にさえ、遊び過ぎていた私は気がつかなかった。今思えば不思議なもので、人間というのは、優等生のときは優等生の発想ができるんです。灘の高3の頃は、理Ⅲは440点満点で290点を取ればいいんだという発想ができたのに、劣等生になると、そういう発想ができなくなっていた。ただただ、朝倉書店の「内科学」*を一生懸命読むとかね。医師国家試験を前にして私は、馬鹿な受験生そのものでしたから……。

 

ここは誤解されたくないので恥を忍んで言っておきましょう。灘高に入ったときから頭がいいという自覚もなかった私は、東大生になっても真面目に授業も出ずに、サブカル系雑誌ライターの仕事や映画の現場の使い走りなど、勉強以外に精を出していたため、気づけば、医師国家試験の不合格が確実視されていました。

 

東大理Ⅲは、毎年3~4人が医師国家試験に落ちています。たいていが心の病気が理由で不合格になっているのですが、私の場合は、遊びが過ぎたという情けない理由で、国家試験の模試で不合格判定されたのです。そのときに灘の同級生で一番の秀才だった伊佐正*氏が「和田、お前、このままじゃ落ちるで」と言って、勉強会に誘ってくれたのです、そこで過去問をやる意味を認識させられた。ありがたかったですね。

 

◆朝倉書店の『内科学』
現在第11版を重ねる、医師国家試験問題基準の内科関連項目を網羅する参考書。

◆伊佐正
いさ ただし。灘高卒、1985年東京大学医学部卒。医学博士。専門は運動制御の中枢機構、意識・注意の脳内メカニズム、脳・脊髄損傷からの機能回復機構など。京都大学大学院医学研究科医学専攻教授、京都大学医学研究科脳機能総合研究センター長、京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点副拠点長など歴任。

 

鳥集 高3のときは自ら戦術的な勉強法を生み出した和田さんが……。またもや同級生のノートで助けられたということですか。
 
和田 そうなんです。その勉強会に出てみると、みんなで過去問ばかりをひたすら解いているのがわかりました。特別に高度な勉強法をやっているかと思いきや、ただ、ひたすらに。そして、勉強するのは問題に出たところの周囲の知識ばかり。それを知って、私も勉強法がわかって、無事に国家試験に合格することができました。

 

鳥集 追い詰められるほど、周囲が見えなくなってしまうのでしょうね。しかしこれは和田さんに限ったことではなく、東大理Ⅲの入試の段階で日本一偏差値が高かったはずなのに、国試で苦労するという人も少なからずいるわけですよね。

 

和田 確かに理Ⅲの人間には、今さら丸暗記の勉強なんて馬鹿馬鹿しくてやってられないよ、と考える人もいるでしょう。

 

鳥集 もっとも、国家試験合格率の高さと優秀な医師を輩出している大学というのはイコールとは限りません。以前、ある合格率が高い私立大医学部の名誉教授がこう話してくれました。「合格率が高いのは、早々と臨床実習を切り上げて、6年生になったら国試対策ばかりをやっているからだ。でも、本当にこれが医師になるための教育? と疑問に思う。実際の臨床は座学では教えられません。医師を育てるための本来の教育が欠けているように感じる」と。

 

国試合格率が7割を切ると、補助金(大学院高度化推進特別経費)がカットされる恐れもありますから、特に歴史の浅い私立大学では学生に国試対策の勉強ばかりさせて、試験も国試の形式で出すそうです。そして、国試に受かりそうにない学生は卒業させず、国試を受けさせない。成績のいい学生だけに絞って国試を受けさせるので、見かけの合格率が一定以上に維持できているのです。私立大学のなかには、100人単位で「国試浪人」が溜た まっているところもあると聞きました。

 

和田 一方の東大は、マニアックな研究をしている教授が多いため、国試対策どころか、趣味的な講義しかしない教授も多かったのです。つまり、講義自体が国家試験に対応できていないのです。当時はコアカリがなかったので、かなり偏っていましたよ。それはそれで、先程も申し上げたように刺激的ではありましたがね。

 

鳥集 コアカリというのは、2001年に文科省が出した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」のことですね。それまでは、医学部によって教える内容にバラつきがありました。たとえば、国立大学では座学が中心で臨床教育を軽視しているという批判がある一方で、一部の大学では医学生にお産を手伝わせるようなこともあったといいます。

 

また、先の話でも出たように、歴史の浅い私大では臨床実習をほどほどにして国試対策にばかり力を入れるところも多かったのです。こうした状況を打破するため、どの大学の医学部を出ても最低限必要な知識・技能・倫理を身につけられるように医学教育の内容を標準化しようというのが目的でした。さらに、コアカリは「よき臨床医」を育てることに主眼を置いています。今までこうした取り組みがなかったのが不思議なほどです。

 

これにより、医学部がより「職業訓練校」と化したと批判する向きもあるようです。確かに各大学には「良医を育てる」「医学のリーダーを養成する」といった理念の違いがあります。東大医学部のHPには、このように書かれています。

 

〈東京大学医学部の目的は生命科学・医学・医療の分野の発展に寄与し、国際的指導者になる人材を育成することにある。すなわち、これらの分野における問題の的確な把握と解決のために創造的研究を遂行し、臨床においては、その成果に基づいた全人的医療を実践しうる能力の涵かん養ようを目指す〉

 

つまり、東大医学部生は、国家試験は自助努力でなんとかしなさい、東大生なら自分たちでできるでしょ? ということなのでしょう。

 

和田秀樹
和田秀樹こころと体のクリニック院長 精神科医

 

鳥集徹著
ジャーナリスト

 

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東大医学部

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和田 秀樹 鳥集 徹

ブックマン社

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