「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

実際に100歳で楽しく生きている人もいるが…

それに伴い、最近は、母親の世話にあけくれる友人たちが増えてきた。例えば、今まで母娘二人で自宅暮らしをしていたが、母親に認知症の兆候が出たことによって、グループホームに入れたり、母親がシニアハウスに住んでいたので安心していたら急に亡くなったり、自宅で母親を介護中の人や、10年間の介護生活の末にやっと101歳の母親を見送った人もいる。

 

若いときの年月は、成長と希望の年月だが、老いてからの年月は、衰弱と不安の年月に変わっていくのだ。

 

78歳で未亡人になった母

 

ふと気づくと、2004年、父が亡くなったときに78歳だった母も、2017年に92歳になった。これまでに身内で90代まで生きた人を見たことがないので、不思議な感覚で観察させてもらっている。母が聞いたら怒るだろうが、「これが92の体か?背中がセムシのようだ。これが92の足の開き具合か?こんなに開いて、よく歩けるな」

 

言うまでもなく母は急に90代になったわけではない。80代という、少し若い10年間もあったはずだが、元気にひとり暮らしをしているようだったので、これまであまり気にとめることもなかった。

 

世間には、親子関係が濃い家族もいるが、我が家は、どちらかというとあっさり家族。よく言えば自立した家族だ。それぞれが自己責任で、自由に生きている。

 

母が88歳ぐらいまでの誕生日には「わあ、すばらしいわ! お母さんいつまでも長生きしてください」と心からおめでとうを言えたが、さすがに、90歳を超えてくると、素直に「長生きしてください」とは言えない自分がいる。

 

こんなときは適当に「お母さん、いつまでも長生きしてね」といえばいいのだろうが、どうも根がうそをつけないタイプなので困る。

 

「もし100歳を超えたら…もしかして日本最高齢になるかも」もう、そのことは、考えると寝られなくなるので、そんなときは、ワインを飲んで忘れることにしている。

 

実際には100歳でも楽しく生きている人もいる。だが、その一方では、寝たきりでただ死を待っている人もいる。

 

母は92歳であることをどう受け止めているのだろうか。本人に直接聞いたことはないが、聞いてなんになるのかと思い、やめている。心は30代なのに、なぜ体はこんなにしわしわなのかとうんざりしているかもしれない。

 

ここだけの話だが、わたしが71歳になったことも信じられないけれど、92歳の母が健全に生きていることも信じがたい。母が気を悪くしないために補足しておくが、早く死ぬのを願っているわけではない。母の女学校時代の親友も、83歳で亡くなった。

 

母によると、毎年欠かさず行っていた同窓会も、介護施設に入居した人や、嫁の手を借りないと歩けない人ばかりになり、自力で来られる人は母を入れて二人になったため、終わりにしたということだ。

 

 

 

 

松原 惇子
作家
NPO法人SSS(スリーエス)ネットワーク 代表理事

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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