NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、絶望することなく忍耐の生活を送る。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを浴びる存在となる。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

怒りにまかせて筆を執り、辞表を叩きつけた

正義感だけではない。必死に働いても評価されることなく、ひどい仕打ちをうけた記憶がよみがえる。わき起こる怒りがどうしても収まらず、行動を起こした。

 

「なんで、あの人がクビにならんとあかんのですか?」

 

と、撮影所長に直談判をはじめてしまう。

 

所長は親会社である大阪・千代生命から出向してきた人物だった。

 

事業所のトップに、20歳になったばかりの小娘が直談判してくるなどということは、普通の会社ではありえない。かなり面食らったはずだ。それでも彼は大人の対応をみせる。

 

会社の営利を考えての判断であることを丁寧に説明したうえで、

 

「他人のことよりも、あなたは自分の芸を磨くことを考えたほうがいい」

 

そう言って諭す。

 

話をはぐらかしたともとれるが、また、そこには有望な新人女優に対する会社側の期待が感じられる。リストラは他人事なだけに、ここで刀を鞘に納めるべきだった。

 

しかし、怒りの炎は収まるどころかさらに燃え盛る。

 

「何か言いくるめられたような不潔な感じで、会社そのものが、たまらなくいとわしくなってしまいました。移り気な子供のころ、あの、だれもが腰の落ちつかない道頓堀の仕出し料理屋で、七年も八年もしんぼうした私が、もうその場にいるのさえ御免という気持ちでした」

 

撮影所長に直談判した直後の心情が、『水のように』のなかで語られている。

 

かえって会社への不信感が増幅し、火に油を注ぐ結果になってしまったようだ。

 

下宿に戻ると、怒りにまかせて筆を執り、辞表を書く。翌日には再び所長室に行って、それを提出してしまった。

 

「早まったことはするな」

 

遺留されたが、もはや聞く耳持たず。常軌を逸していた……と、後々になってからは、そう思うこともあった。

 

だが、この時の判断を後悔してはいない。嫌なことには我慢しない、やりたくないことはやらない。その生き方を押し通すと決めたのだ。結果として被る不利益や損失も、自分が自分として生きるための必要経費と覚悟していた。

 

怒りにまかせて東亜キネマを退職してしまったが、次の仕事のあてはない。先々のことを考えれば不安になる。

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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