NHK連続小説『おちょやん』で杉咲花さん演じる主人公、浪花千栄子はどんな人物だったのか。幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、絶望することなく忍耐の生活を送る。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを浴びる存在となる。この連載を読めば朝ドラ『おちょやん』が10倍楽しくなること間違いなし。本連載は青山誠著『浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優』(角川文庫)から一部抜粋し、再編集したものです。

御寮さんが渡した逃走資金として5円の餞別

キクノは数え年で20歳になっていた。もうすぐ年季が明ける。間もなく父がやってくるだろう。

 

キクノをこの屋敷に預けて以来、彼が屋敷に顔を見せたことはなかった。

 

実家からここまで2キロ程度、子どもの足でも30分もあれば充分な距離なのだが。あいかわらず薄情な男である。しかし、金の臭いを嗅ぎつけたら、愛想よい微笑を浮かべながら必ずやってくるはずだ。

 

雇用を継続して、さらに何年か分の給金を前借りするか、あるいは、新しい雇先を探して連れて行こうとするだろうか? どちらにしても、彼女にとってよい結果は考えられない。

 

 キクノが住込みで奉公していた屋敷は寺内町の一角にあった。(※写真はイメージです/PIXTA)

キクノが住込みで奉公していた屋敷は寺内町の一角にあった。(※写真はイメージです/PIXTA)

 

年季が明ける前月、御寮さんはキクノを呼び、

 

「これまで、ようやってくれたなぁ。これ少ないけど」

 

そう言って、5円のお金を包んで渡してくれた。本当はこのまま女中奉公を続けてもらいながら、縁談を見つけて嫁に出してやりたいと言う。

 

「でもなぁ」

 

その先を言いづらそうだが、御寮さんが何を言おうとしているのかは、すぐに察しがついた。

 

父を警戒しているのだ。来月には必ずここへやって来て、キクノの給金を前借りしようとするだろう。前払いを拒絶するのは簡単だが、そうなれば前借りのできる他の奉公先を探してくるはずだ。

 

親権が強い時代だけに、父が強権発動すれば御寮さんもキクノを守り切ることはできない。ここにいれば、キクノはたかられ続けることになる。

 

だから、

 

「あんたも、自分を大事にせんとあかんよ」

 

悪縁を断ち切って逃げろ。そう言っているのだ。

 

そのための逃走資金として、5円の餞別を与えてくれたのだろう。封筒に入っていた1円札5枚を眺めながら、勘の良いキクノはすぐにその真意を悟った。

 

「はよ逃げなあかんわ」

 

自室に戻り、すぐ荷造りにかかった。

 

御寮さんが仕立ててくれた着物が3枚、浴衣が2枚、さらに身のまわりの細々とした物をまとめると、2年前ここに来た時より荷物はかなり増えている。

 

それでも、なんとか1枚の風呂敷に収まった。

 

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浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

浪花千栄子 昭和日本を笑顔にしたナニワのおかあちゃん大女優

青山 誠

角川文庫

幼いうちから奉公に出され、辛酸をなめながらも、けして絶望することなく忍耐の生活をおくった少女“南口キクノ”。やがて彼女は銀幕のヒロインとなり、演劇界でも舞台のスポットライトを一身に浴びる存在となる。松竹新喜劇の…

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