改正相続法を物語で読み解く本連載。物語は、開港市で果実業を営んでいた被相続人・寺田信太郎の死亡から始まる。妻・愛子は早々に遺言書を発見し「うちは骨肉の争いにはならない」と安堵する。息子たちはといえば、二男・祐人は「父はきっと自分に畑をくれる」と確信する一方、長男・真人は父の遺産を住宅資金に充てることを目論み、貸金庫にも目を付けていた。早々にお金の話をする長男に呆れつつも、相続人たちは貸金庫を開けることに。中から出てきたのはなんと「もう1つの遺言書」だった。父の遺志を確認するため、相続人たちは遺言書の検認に臨む。※本連載は、片岡武氏、細井仁氏、飯野治彦氏の共著『実践調停 遺産分割事件 第2巻』(日本加除出版)より一部を抜粋・再編集したものです。

真人・亜季にあてた遺言は、赤色斜線により「無効」

「まず貸金庫にあった遺言書から説明しよう」

 

そう言って、鈴木弁護士は、先ほど書記官から返還を受けた遺言書を取り出した。

 

「まず、この遺言書のうち、隼人さんに宛てた第3項についてだけど、隼人さんはお父さんが亡くなる前に死亡しているので、この部分は無効となるんだ」

 

「次に、遺言書の第1項と第4項には、真人さんと亜季さんに宛てた条項があるよね。しかし、条項に赤色斜線で引いてあるでしょ。最近、判例が出て、遺言書を破棄したものとしているから、相続させる対象としての遺産がないことになる」

 

「じゃあ、兄貴と亜季さんに対する遺言はなかったってということ?」

 

「そうなる」

解説:貸金庫の遺言書は「第1・3・4項」が無効

■ポイント:遺言の名宛人の死亡と「相続させる」旨の遺言の効力

 

本件は、隼人さんが被相続人の信太郎さんより先に死亡しているところ、信太郎さんには、当該推定相続人の代襲者(利彦さん)その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情が認められませんので、遺言の効力を生ずることはありません。鈴木弁護士は、この判例に基づいて結論を説明しています。

 

■実務論点:赤色斜線で引いた遺言書の効力

赤色斜線で引いた行為は、「故意に遺言書を破棄したとき」(民1024条前段)に当たると解されます(最2小判平成27年11月20日家判6号60頁)。

「署名押印ナシ」という致命的な欠陥

「隼人と兄貴の点は分かった。じゃあ、仏壇にあった遺言書で『相続させる』とあった僕の部分は有効だよね? 親父は農業を継がせるために遺言を書いたんだから」

 

祐人は、堰を切ったように話し始めた。

 

「実は、自筆証書遺言は全文を自筆で書いてあることが要件なんだが、法律が変わって、目録部分に限って、パソコンで作成したり、通帳や登記事項証明書のコピーを添付することが認められたんだ」

 

「だったら何にも問題ないよね」

 

「しかし、目録が数枚にわたるときは、登記事項証明書の各葉に署名押印をしなければならないことになっている。しかし、この目録にはお父さんの署名押印がないんだ」

 

「それって…」

 

祐人はつばを飲み込んだ。

 

「この遺言書も無効の可能性が高いってことになるね」

 

親父の意思ははっきりしているのに…。祐人は納得いかない気持ちでいっぱいだった。

 

「訴訟で遺言書の有効性を確認することもできるが、有効と認められることは、まず難しいね」

 

祐人と愛子は黙り込んでしまった。

 

「最後に相続分を僕とお袋に各2分の1というやつはどうなんだ?」

 

「その遺言書は、押印と日付がないから、無効になるね。3通の遺言書がいずれも無効だから、遺産共有の関係にあることになる。なので、今後、遺産分割手続を行っていくことになるね」

 

祐人は鈴木弁護士の説明に呆然とした。

 

「遺言について訴訟をするかどうかは、帰って相談するよ。少し時間をくれ」

 

祐人はそう言って席を立った。

 

遺言書の一覧と比較

 

【続く】

 

 

 

片岡 武 

千葉法律事務所 弁護士(元東京家庭裁判所部総括判事)

 

細井 仁

静岡家庭裁判所次席書記官

 

飯野 治彦

横浜家庭裁判所次席家庭裁判所調査官

 

 

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本連載における「改正法」は、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成三〇年法律第七二号)」をさします。

実践調停 遺産分割事件 第2巻 改正相続法を物語で読み解く

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片岡 武

細井 仁

飯野 治彦

日本加除出版

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